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至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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兼業農家の息子の思い出記PART3


父は


小学校の先生だった。


母は、パートに出ていた。


当時の先生の給料は安かった。


だから兼業農家としては、少ないが、その売り上げは、


家計の足しにしていた。いや、足らないのを補足していた。


休日は当然、農作業に朝から晩までと、


年中、働いていたのだ。


兼業農家の息子としては、


農作業は、常に手伝うものと思っていた。


その農作業の中でも、1番、きっかった記憶は


小学生5年のときだったと思うが、


冬休みが始まり、大晦日まで、朝から夕方まで、毎日、


”麦踏み”の記憶だ。
(麦踏とは、秋播きの麦類が発芽した後に、土を足で踏みつける作業)


土を何度も踏みながら、なん往復する単純作業ゆえに、


思わず、音をあげたくなるが、


親の普段の仕事ぶりと、私に対する愛情度ゆえに、


やるしかない!の思いが強かった。


雪の降る日もあった。


毎日、夕方の、今日は母のおしまいの声に安堵をしたことを


昨日のように思い出される。


現代なら、一歩間違えば、”親の虐待”と、問われそうだが、


これは、暮らしていくための子供の手伝いがかかせないのが、


あの時代の当たり前のことだった。


そのことで、親に対し、不満など一切なもなく、


家族としての一体の農作業でもあった。


母親も心苦しかったのだと思うが・・・。


子供ながらに、


常に、親の愛、おばあちゃんの愛を感じていたからこそ、


一生懸命、お手伝い出来たのだと思う。


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【 2022/11/21 (Mon) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

兼業農家の息子の思い出記PART2


当時の兼業農家の息子は、


小さいときから


農作業に借り出されるのは当たり前。


小学低学年から、田植えは常に。


当時は、当初、機械植えなどない。


もちろん、手植え。


これが重労働。


ヒモ線で植える箇所をマーク付けをして、


家族や親戚達が、一列に並び、次々、植えていくから、手を抜けば足並みが乱れる。


大人の扱いをされる。


遅ければ、当然、叱られる。子供であろうが、一人前の扱い。


ついていくのに必死。


5月の田植えは、そろそろ太陽の陽射しも強くなってくるので、


田んぼの水面の反射で、顔は焼けてくる。


少し、顔が黒くなるのは、田植えの証。


こんなこと、したくない、と思うより、地区の同級生もやっているから、


ここにいるのは必然。


抵抗したいの前に、宿命。


そんな中、1番、楽しみは、お昼ご飯。


家に帰って食べるのではなく、田んぼの近くで。


親戚一同が持ち寄った弁当、または、おにぎりや、おかずを食べるのが、


これが、美味いのだ。大したおかずはなくとも、


きつい仕事のご飯ほど美味いものない。



そして、10月になれば、稲刈り。


これも、当初、機械などない。


腰にワラの樋も付けて、カマで1束にして刈り上げ、その腰ヒモで1束づつにしていく。


やっと、機械刈りになっても、今のようなすべてをやってくれることはなく、1袋になった稲穂を


運ぶのが大変な重労働。


もう、やれやれの稲刈り終了でも、


そこからは、刈った稲穂を脱穀し、


みしろ干しが家の庭先で数日間、天日干し。


当然、帰宅したら、取り込みが、これまた大変。


きちっと、みしろの収めて折りたたまないと、こぼれたら、当然、全部拾う。


天のめぐみは、1粒たりとも、許されない。


だから、常に、ご飯の1粒も残さず食べるのが当然のこと。



ここまで、書いてきて、


小学時代の頃、大変やったな~と、思はない。


PART1でも、記したが、


その経験は、大人になっても、生かされているから・・・。



でも、ちょい、綺麗ごとぽいですネ。


すみません。







【 2022/11/18 (Fri) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

兼業農家の息子の思い出記!



小さい時から、親は共働き、


だから、おばあちゃん子だったから、


よく、おばあちゃんの話は聞いた。


朝起きたら、仏壇に手を合わせること。


ご飯は、米粒一つ残さず食べること。


おかずも残さない。


味噌汁のダシは当時、煮干だったし、汁も煮干は入れたまま。


幼心に、汁はまだしも、煮干のカスは苦いし、見た目もグロテスクだから、


よく、残してしまうが、「食べなさい!」で渋々・・・。あ~きつい。


でも、だんだんと子供の成長、骨のためにもの愛情のひとつとはわかってはきたが・・・、


当時は、きつかった。



おばあちゃんは、


だいいたい朝5時に起きると、


農作業に出ていた。


冬が近づくと、山(所有地)に枯れ木、枯れ草集めに出かけていたから、


小学生低学年の時にも、登校前に、ひとこと、


「学校から帰ったら、この山に来なさい。」と言われたものだ。


行くと、いつも、アルミの弁当箱に入れたおばあちゃんのお昼用の


しょうゆ焼きモチが



僕のため残されていて、


それが、おいしかったから、行くのは、そう苦ではなかった。


手伝いも、そうさせなかった。


だから、野山を駆け巡ったり、山のひとり遊びをして帰り時間を待ったものだ。


でも、呼ばれた理由は命に関わる大事なことが使命だった。


それは、


帰りに、


家の裏山のお寺から、80メートルほどある急な坂道を


大量の枯れ木など積んだ木製のリヤカーで降りるときが本番。


高齢なおばあちゃんの力だけで、リヤカーを調整しながら、降りるのは、とても危ない。


一度、気をゆるめたら、リヤカーもろとも、大怪我は間違いない。


だから、私は、木製リヤカーの後部に着いた木のブレーキ板に乗っかり、


坂道を下りながら、あばちゃんの指示で、ブレーキ調整役のためが踏ん張る。


私が手を抜けば、おばちゃんともども、リヤカーで転げ落ちるのみ、


まさに、命がけ。


今、思えば、おばあちゃんは、低学年の子供に、よく託したものだと。



でも、それはしなければ、


当時は、ガスもなかったから、ご飯もかまどだし、


煮炊きもお湯も、お風呂(五右衛門風呂・懐かしい)を沸かすのも


枯れ木は必需品。


マキだけでは、すぐ火はつかない。小さな枯れ木や落ち葉を入れて、


そこにまるめた古新聞紙に火をつけて、


火がどんどん大きくなれば落ち着いてくれば、


少しづつ、マキを入れて、火を強くして持続させるために、


枯れ木は絶対いるのだ。


これは、小学生時代の冬間近の恒例となっていたのだ。


このことは、未だに、鮮明に、動画を見ているように脳裏に浮ぶ。


イヤな思い出ではない。



おばあちゃんと過ごした、気持ちがひとつの形としての、いい思い出であるし、


とても、いい経験だったから・・・・



年を経て、その経験が、いろんなことに波及していたのだと、


年をとり、気付かされたものだ・・・。



おばあちゃん、本当にありがとう。


感謝です!!!!!



【 2022/11/17 (Thu) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

連続のお寺めぐり、今日は「金剛輪寺」に。


あまりに昨日の百済寺が良かった。


そこで、近くの金剛輪寺もいいよと聞かされたが、


百済寺の感動を薄めたくなかったので、


あえて、二日連続のお寺めぐり贅沢三昧。


着きました、金剛輪寺。


入り口から見上げる、急な石畳と石段が続く急な坂。


まあ、山の中腹にあるお寺は、こうだとは知ってはいるが、


年々、坂道が苦手になってきた(普段、平坦なウォーキングがしているが・・・)



ここがまた、いい。


のぼり道の両サイドに小さな石像(お地蔵さんみたいな石像)が連なっている。

(ここで、働くおばさんによると、この石像は、このお寺には2000体もあると言う、
地元の人が死者弔って、お墓の他に、この石像をまつてあるのだ。
その中にも水子の石像もある)


これが、200メートルほどの石像ののぼり道が続くから、お寺では、初めてのこと。


凄いの一語に尽きる。


後半はもっときつい石段となり、本堂に着いたときはゼイゼイ・・・。


弱ったな・・・・と、ふと情けない。



でも、それを超える、感動もひと一倍。



ここも来て良かった・・・。



いやはや、二日連続の優美な日々をありがとうございます。


お寺や、神社は、


本当に癒される。



今日も、シアワセ。



感謝です。


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【 2022/11/08 (Tue) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

滋賀県の百済寺に行った。



日本紅葉百選に選ばれるお寺である。


ただし、まだ紅葉には至ってはいない・・・。


が、


それがメインではなく、そこがいいと情報を聞きつけてのこと。


入り口の赤門から、森の中ののぼり坂の石畳が続く、


聖徳太子の時代からの歴史が、静寂の中、体を包むように満たされていく・・・。


赤い中橋があったり、杉の大木の”気”がす~っと入り込んでくる。


心も癒されていく・・・。


300メートルほど上がっていくと、


観光用の駐車場にあたる。
(ほとんどの人は、ここまで車を使う、観光バスも止まっている)


ここからが、本堂に上がるための急で、ぶこつな石段と中腹の庭園(鯉がいる)を通り、


しばし、100メートほど上がると、あ~息が荒くなる・・・。


ありました。本堂です。


いいですネ。


ここも歴史を感じる。



大半の人は私を含め、年配ばかり。


みな、よいしょとばかりに上がってきたのだ。


鐘をつく人もいる。
(えんかいな?勝手に突いて・・・、時間も考えずにと思うが、よう、わからん。)



お参りをすまし、


悠久の場所で、しばし、時代のロマンに浸る。


本当に素晴らしいとこ。



今日は、またいいとこに来たことに、シアワセ感。



日本は、他にもいいところが、たくさんあるのだろう・・・。



日本、



今、世の中は邪気にとりつかれているが、


ここは、そうではない。



神社とお寺好きには、たまらない一日でした。


ありがとうございます。


感謝。



紅葉時の写真をどうぞ。

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【 2022/11/07 (Mon) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)