至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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カテゴリー  【 アイドル列伝 】

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アイドル列伝:1980年代アイドル(書き漏れ編)

1980年代女性アイドル。


書き漏れたアイドルを列挙しましょう。




まずは、荻野目洋子。


「ダンシングヒーロー」 、そして、


「六本木純情派」と、大ヒットしました。


姉は、「南極物語」の荻野目慶子でした。


その後は、尻すぼみで、消えて行きました・・・。


今や、三人の子持ちです。主婦業中心です。






サンミュージックの一押しアイドルだったが、不慮の死を遂げた岡田有希子。


彼女も普通の子でいれば、芸能界に入らなければ


死なずにすだのでしょう・・・。


峰岸徹?


彼女、一途だったのでしょう。


可哀そうでした・・・。





横浜銀蠅(懐かしい)の妹分、 岩井小百合。


ぶりぶりしてたのが・・印象的だったのが


記憶のみです。


どうでもいいですか?







なんやかんやで、テレ朝の”はぐれ刑事”、藤田まこと、娘役から


噂は聞かぬ、小川範子。


う~ん・・・。




”わらべ”からの唯一の倉沢淳美。


三人の中では、可愛かったからで・・・


わらべ頼みそのものです。欽ちゃんのおかげです。





鳴り物入りで、お金をかけまくったが、


いかんせん、売れなかった少女隊。


安原麗子のみが


目立っていました。






最初は、ノリピー用語で、”マンモスヤッピー!ウレピー”だけで、


アイドルを押し切った酒井法子。


やっと、「星の金貨」で主演、主題歌「蒼いうさぎ」をヒットさせました。


ドラマに、ちなんだ手話を使ったこの歌で紅白出場を果たしました。


東南アジアでは、日本よりも有名です。


しかしながら・・・周知の通り


覚せい剤使用事件の顛末では、行方をくらますなど、


酒井法子のワンマンショーをみせてもらった気がします。


法廷での、”介護の勉強”などと・・・述べてましたが・・・


思いやられる発言です。


人様の面倒の前に、自分のコントロールも出来ないのでは・・・





「アイコ16才」でオーデションデビュー、富田靖子。


のちに大林監督の尾道三部作最終章「さびしんぼう」で、


名演技を見せました。


たまに、今でもドラマでお見かけします。





西田ひかる。


なんかやようわからん。


まじめさだけ・・・追求したアイドルでしたが


それだけではネ・・・。






本田美奈子。


デビュー曲は、「殺意のバカンス」。


”殺意”ですよ。殺意!


アイドルの歌のタイトルに、これは?


やりすぎでした。


でも、次作の「テンプテーション(誘惑)」が、ヒットし、


そして、あの「1986年のマリリン」が爆発的ヒットしました。


これは、秋元康、筒美京平コンビです。


その後は、ミュージカルのオーデションに挑戦し、見事に座を獲得し


”ミスサイゴン”、”レ・ミゼラブル”と大活躍しました。


しかし、長い、白血病の闘病の末、


天国に旅立ちました・・・。



本田美奈子は、短い期間でしたが、


アイドル時代は、精いっぱいに魅力を引き出し


ミュージカルに舞台を移しても、これもまた精いっぱいに


駆け抜けた、美奈子でした。


ありがとう。






森高千里 。


南沙織のリメイク「17才」で、一皮むけ、


「私がオバさんになっても」等で


ノリノリで、美脚を露出してましたが・・・


「雨」、「渡良瀬橋」、「気分爽快」等からは


本格派に変わって行きました・・・。


のちに、江口洋介と結婚しましたが・・・


その前に交際してた角松敏生とは・・・


今では、二人の子供に恵まれ、


最近、稲垣潤一のカバー曲の最新アルバム好評第二弾、


「男と女Ⅱ」で、一曲目の「雨」を、


デュエットを当時の歌声のままに聞かせてくれてます。





森口博子。


山瀬まみともども、バラドル(バラエテイ・アイドル)の走りです。


ただ、森口には、ガンダム主題歌のヒット曲があり、


紅白にも出ています。


今でも、おばさんタレントとして、たまにお見かけします。


ピークは”夢はモリモリ”でした。


今や、当時、サブだった、SMAPが大スターになり


森脇健二も顔でしたね。当時は。






じゃ、森尾由美で、いきましょう。


可愛かったです。


今でも名残りはありますが・・・


ヒット曲のないアイドルでした。


ピンクハウス好きは有名でした。


大助花子の花子とは、えらい違いますが・・・。






三田寛子。


デビュー曲に阿木曜子作詞、井上陽水作曲という、


聞きしに勝るコンビで、「駆けぬける処女(乙女)」を出しました。


残念ながら、拍子抜けで、


のちに、歌舞伎の橋之助と結婚し、


梨園のきびしい世界に、ちゃんと主婦業ともども


がんばっています。


天然ですが、立派です。





松本典子、いましたネ。


ヒット曲はなかったですが、


番組では、男性アイドルと、うまくからんでいました。


その後、志村けんのお笑い番組に抜擢され、


茶の間を沸かしていました。



現在は、野球選手と結婚し


子供に恵まれ、主婦業をこなしています。




佐野量子、


しぶいところ、いきました。


売れませんでしたが、


いいお嬢さんでした。


根強いファンに支えられた


まじめなアイドルのひとりです。


だから、競馬の武豊と、反対にあいながらも結ばれました。





芳本美代子です。


ミッチョンです。


この子も、歌は売れませんでした。


ただ、愛くるしい笑顔で、アイドルの仲間入りしました。


その後、俳優の金山一彦と結婚しましたが、


ダンナの河合美智子との不倫騒動で別れるかどうかの


すったもんだの末、


よりを戻し、


一児をもうけました。


金山のプロ顔負けの料理に救われ、


カカア天下による、共働き夫婦です。


最近では、芳本は、お昼ドラマにも出ていたし、


ぼちぼちとドラマで活躍してます。


生き残り組です。





いいぞ、坂上香織です。


きれいでした。可愛くもありました。


GAROの表紙を何度も飾りました。


でも、大きくはブレイクせず、


その後、初ヌードを見せたりと・・・


水戸黄門にも出たり・・・


近年、団鬼六原作の「黒薔薇夫人」で、


緊縛姿を見せてくれました。


坂上香織、やりすぎです。






坂上香織派、いや、


武田久美子です。


近藤真彦の「ハイティーンブギ」で、共演しブレイク。


海外移住などして、


あまり、お目にかかりません。






藤谷美紀。


オーデション番組の1号で、「転校生」の歌でデビュー。


さほど、売れず、


のちに、チャ-ムポイントのほくろを取るなどして、


女優業に転出しました。


では、2時間ドラマでは、よく、使われています。





後藤久美子。


愛称、”ゴクミ”。


国民的アイドルともいわれました・・・


CMに、引っ張りだこで、


歌、映画、ドラマと、活躍の場を広げました。


当時、人気が物凄いものがありました。


やがて、


外国のF1レーサーと、結婚し、


子供に恵まれ


しあわせに暮らしたとさ・・・。





1980年代の女性アイドル完結編。


いかがでしたでしょうか・・・。


当時のアイドルアイドルらしい時代は


もう、来ないでしょう。


リアルなアイドルがふさわしい、この現代には


お人形さんごっこのアイドルは望めません・・・。



そこはかとなく


淋しい気がします・・・。



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【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:杉浦幸 西村知美




杉浦幸。


だれ?それ、誰?


いえいえ、


あの「ヤヌスの鏡」の女の子です。



優等生と不良の顔を併せ持つ、女の子を演じ切り、


とにかく、話題になりました。



可愛い童顔と、きつめにメイクした顔のアンバランスが


学生たちには、大評判でした。


このドラマは、当時、TBS専門だった大映テレビが、


フジテレビで、やってました。



この子は、あの菊池桃子を俳した雑誌”BOM”の出身。


とにかく、可愛い女の子でした。


初歌の「悲しいな」は、さほど売れず、



そして、消えていきました・・・。


何年後かに・・・・


パチンコ雑誌に記事を書くほどのパチプロみたいに


突如、浮上しました。



テレ朝の芸能人が料理を競う、「愛のエプロン」で、


空前の料理に


おう吐まがいの料理は


伝説となりました。




何食わぬ顔の、杉浦幸は、


当時の「ヤヌスの鏡」の不良少女そのものでした。





西村知美。


今も、天然ボケぶってますが、


なかなかのしたたかもの。


まあ、それは、


後に書くとして。




この子も、”BOM”出身。


映画、「ドン松五郎の生活」で犬との共演デビュー。


主題歌「夢色のメッセージ」も歌うが、


これが、とんでもなく、ひどい。


可愛さで、天然ボケで、押し切って


芸能界に息づく。



その間に、西村知美熱狂ファンが、知美逢いたさに、姉を拉致した事件も


話題になりました。


なんやかんやで・・・・


その後、元”CHA-CHA”の西尾拓美と結婚しました。


TBS、「さんまのからくりテレビ」では、浅田美代子同様、天然ボケとして、


レギュラーとして、出続けています。



ちなみに、余談ですが、ダンナとは、


家計は、折半だそうです。


西村知美の弁解。


”だって、ダンナが、使いたいだけ使うから、折半にしたの!”と


言ってました・・・・が、


今や、一般のコックさんなのに、


そうは、使う金は、しれてると思いますが????


まあ、しぶとくも生きています。


たくましく、芸能界に根付いています。



プチ情報:西村知美は、ありとあらゆる免許を持つのが趣味です。


ユンボーだって、お手のものです。


また、舌も、異常に長いです。



(個人的に好きではないから・・・こんな文章になりました。)




菊池桃子に続く・・・


”Momoko”世代、杉浦幸、西村知美は、


当時は、可愛いものでした。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:おニャン子クラブ



よっ、おニャン子!


と、言いたいところだが・・・・


書くのは差し控えたい気持ちがある・・・。



何故か・・・。


放課後のクラブ感覚からの発想からのアイドルだからだ。




当たれば、もうけもの的で、


高校生主体(主要メンバーのほとんどは、高校を卒業していた)の見世物的や、


場当たりな感じが否めない。



これを企画した、それほどはブレイクするとは思わず、


ゾーンの夕方5時台の穴埋めみたいなところからきたのだろうと察する。



番組「夕やけニャンヤン」。


司会に、とんねるず、片岡鶴太朗、田代雅志などがあたった。



女の子との、とことんのおふざけがメインでながら、


だが、予想に反して、男性を中心に、


大きなうねりとなって、番組は人気を博した。



やはり、「セーラー服を脱がさないで」のヒットの貢献が大だろう。


素人女の子のグループが、いきなりブレイク。


ひとりひとり会員番号を付けられ、


グループのヒットに気をよくして、それぞれと、


ソロシングルを敢行した。



手始めは、一番綺麗だった、河合その子、「落葉のクレッシェンド」


次々に、新田恵梨の「冬のオペラグラス」、国生さゆりの「バレイタインキッス」、


渡辺満里奈の「深呼吸して」、渡辺美奈代の「瞳の約束」、


鳴り物入りの(当時、メンバーの中では、断然歌が上手い!)工藤静香が、


「禁断のテレパシー」をヒッさせました。



おニャン子関係のレコードはオリコン1位を連続しました。



演歌として、城の内早苗の「あじさい橋」(次曲の「流氷の手紙」は傑作です)を歌い、


特に、吉沢秋絵の「季節はずれの恋」では、


出だしから♪季節はずれでした・・・は、棒読み歌の典型でした。


出してはいけない類ものでは、ありましたが、


留まる事をしらない番組は、推し進めていきました。



番組内では、違うブースから、ニュースを読み上げる故・逸見アナと、


女の子とのかけあいが、話題にもなりました。



午後5時は、”夕やけニャンニャン”が定番化していきます。


これを見るたびに、学校の帰宅を急ぐ男の子の生徒が続出しました。



番組も、手を変え品を変え、


高井麻巳子、ゆうゆで、”うしろ指さされ組”を組んだり、


工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子の”うしろ指ひかれ隊”、


調子をこいてだした、コミック的な、ニャンギラスの「私は里歌ちゃん」に至っては、


末期症状でした。



番組内で、それほど人気のない福永恵規の「風のInvitation」、


内海和子の「青いメモリーズ」にもねぎらいのソロデビューしました。



ソロデビューできなかったメンバーには、


印象深い子もいました。


富川春美(可愛かった)、名越美香、樹原亜紀(色もの的)


お~っと、山本スーザン久美子


シブがきの布川の妹、布川智子もいました。



グループでは、「じゃあね」を岐路に、


人気も下降していきました。




そしれ、2年間の幕を閉じました。




仕掛け人の秋元康は、


その後、会員の高井麻巳子と、結婚しました。


ファンからは、先生が、生徒に手を出した!ようなニュアンスで


非難をあびました。



おニャン子の作曲をした後藤次利も、離婚後、会員の河合その子と結婚しました。


傍若無人のありさまでした。




おニャン子くらぶのその後は・・・・


ご存知のように・・・・です。


工藤静香のみが、


完全な生き残り組です。


おニャン子当時から定評だった、歌のうまさもあり、


また、中島みゆきに楽曲を提供された幸運がありました。


ヤンキーにも、絶大なる人気があり、


静香物まね、静香ヘアースタイルも大流行りでした。、


”亀井静香”も、びっくりのありさまでした。(アホな~!)


周知のとおり、キムタクとめでたしの結果で・・・。


これは、キムタクが、当時から隠れファンだったこともあり、


トントン拍子の結婚でした。


今は、主婦業に収まってはいますが、


確実に、また、歌い出すでしょう。




そして、国生さゆりは、あの可愛さは、どこ?みたいに

(当時は、グループをしきっていたと評判です。)


なじみの同郷の男性と、結婚、離婚、また、同居、別れるの


とんだ騒ぎで繰り返しました。


今では、杉田かほる状態です。


ロンブーの番組の格付けでは、おばちゃんワールドです。


よう、やるわ~、です。



渡辺満里奈は、テレ朝の”銭金・・・”で、知り合った、


ネプチューンの名倉と、国際結婚(?笑)と、


一児をもうけました。


フジの”特ダネ”のコメンテーターや、NHKの番組などで、


たまに見かけます。



美奈代も、主婦業をメインに


たまにお見かけします。




生稲晃子は、


CBC製作のドラマ30 ”キッズ・ウォー”(あの井上真央を輩出した)で、


存在を表しました。



城の内早苗もは、結婚後も演歌道を・・・。



あとのメンバーは、どうなっているのやら・・・。




数年前に、特定のメンバーで、


なつかしのメンバーが揃って、


おニャン子コンサートをしました。




そして、


このおニャン子の仕掛け人の当事者の


ロリコンチックな秋元康は、


懲りもせず、


秋葉ライブ発信の”AKB48”に


相も変わらず夢中です。


紅白にも出てますが・・・・


「リバー」は、やっと、初めての1位を獲得しました。


ブレイクのきざしか、どうかわかりませんが・・・



ただ、50代にして、秋元康のAKBの作詞は、きつい。





とにかく、おニャン子クラブ。


このノリが、


ある種、”モーニング娘”につながっていき・・・


AKBへと・・・連鎖していきます。



しかし、昨今は、


アイドルグループ含めて、アイドル受難時代、いや、


玉不足はいなめません。

【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:浅香唯





浅香唯。


スカウトオーデションにより、「夏少女」で、デビューを果たすが、


地方回りを余儀なくされ、


さっぱり、売れなかった。


その後も、何枚かレコードを出すが、


鳴かず飛ばすでした。


先行き?危ぶまれましたが・・・



一年半後。



みなさま、ご存じのように


「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」の主役、三代目に選ばれました。



だが、斉藤由貴、南野陽子ときて、知名度のない浅香唯では、


心もとないと、番組担当者は思ったのか、


共演に、折鶴の大西結花、リリアンの中村由真の三人で、


風間三姉妹として、売り出すことにしました。




ただ、当人の浅香唯は


生まれ言葉の宮崎訛りを繰り出して


新たなスケバン刑事が誕生しました。



浅香唯もとより、大西、中村にも人気が集まり、


高視聴率を叩きだします。



私は、不覚にも、唯ではなく、中村由真のファンになり、


アルバムを買ってしまう失態を犯しました。


散々な出来の由真の歌は、数回、聞いただけでしたが、


誇りにまみれることなく、ジャケット写真の


あまりの可愛さに、机に立てかけていました。


のちに、元、男闘組でキーボード担当の前田向陽との


結婚には地団駄踏んだものでした。


なんか、中村由真、アイドル列伝の様相ですので、



浅香唯に戻しましょう。



当初のこのスケバン刑事半年放送が、また、半年も延長されたほどの人気ぶりでした。


映画化もされました。


「スケバン刑事 風間三姉妹の逆襲」。


主題歌の「Remember」が


大ヒットしました。


この歌は、すごく出来が良く、


オリコン1位に輝きました。



浅香唯の代表曲に、その後、カネボウのCMソング「C-Girl」とういう、これまた大ヒットの曲も


ありますが、


やはり、個人的は、「Remember」が最高の歌だと思います。



全盛期には、中山美穂、工藤静香、南野陽子と、


4人で、”アイドル四天王”と、呼ばれた時期もありましたが、


可愛さは、バツグンの中でも、


人気はやがて、下降していきまいした。



事務所問題、



そして、休業と・・・。



浅香唯は、自ら引いてしまったのです。




そして、交際してた


ロックバンドのドラマーと、結婚を致しました。



それ以後は、


鳴りをひそめていましたが・・・




最近では、島田紳助司会ののフジ番組”ほんねの殿堂”で、


凄い直観力と、洞察力で


紳助をうならせました。



この番組は、女性タレント二人並べて競合わせるコーナーがあります。


大学生に”抱くならどっち?”では、浅香唯は、40代半ばにして、


ダントツを勝ち取ったのです。



誇らしげに、さも、当り前かのように平然としていた浅香が


たのもしく思えました。


そう、今でも、可愛いからです。



浅香のコメントもパンチが聞いていて、


それからは、よく、バラエティに引っ張りだこになっています。



浅香唯は


礒野貴理子みたいなことにはなりませんが、


どっこい、生きていた感じです。



浅香唯。


やっぱ、アンタ、すごいわ。




浅香唯と浅香光代、


あなたは、どっちを選ぶの?




ミツヨ!



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:80年代、伊藤名字のアイドルたち



伊藤・・・の名字、アイドル80年代。



トップバッターは、


伊藤麻衣子からいきます。


ミスマガジンから誕生。


表紙を、”まあ、こんなに可愛い女の子”とささやかれるぐらい


初々しくて、いきなり大評判でした。


「微熱かナ」は、デビュー曲。


期待に反して、そこそこのヒット。


やっと、テレビで「高校聖夫婦」で認められ、


おなじみ、大映テレビ・ドラマの「不良少女とよばれて」が、話題になりました。



松竹映画「愛の陽炎」では、舌入れキスを経験、


呪いの五寸釘を打つ伊藤麻衣子に


アイドルのかけらはありませんでした。


そのうえ、「愛しのハーフムーン」では、初ヌードで大胆な演技ながらヒットせず。


そして・・・


急速に消えていきました・・・



が、かなりの年を経て・・・・


テレ朝の”いきなり黄金伝説”の、ひと月1万円倹約生活で、飯尾と共同生活で、


新たな伊藤麻衣子(改名・いとうまいこ)を見せてくれました。



今では、結婚もし、


”まいまい”は、


ちょくちょく、歯に歯をきぬせ、発言で


周囲を、ハラハラさせてくれてます。





今度は、伊藤つかさ。


「3年B組金八先生」で、認知され


「少女人形」で、アイドルデビュー。


これも、さほど、売れず・・・。


でも、可愛さに


熱狂的なファンは多かったです。


その後、時代劇にも出たりしてましたが・・・


なしのつぶて・・・。





伊藤の3番目は、伊藤さやかです。


やっぱ、「陽あたり良好」の竹本孝之の相手役として、


可愛さ全開でした。


後にも先にも、「陽あたり良好」の


伊藤さやかは永遠です。


どこにでもいる感じながら、


けど、いない、そんな雰囲気な女の子でした。


今は、どうしているのでしょう・・・。





おおトリは、伊藤かずえです。


前記の伊藤麻衣子の「不良少女とよばれて」で、


注目され、


「スクールウォーズ」で大ブレイクしました。


「ポニーテールはふり向かない」では、主演をこなしました。


大映テレビドラマの顔でもありました。



その後、ロックバンドマンと結婚し、


子供にも恵まれ、


洋裁を得意とし、自分の服も手縫いです。



振り返れば、伊藤かずえがアイドルというような感じではありませんでしたが、


伊藤シリーズのトリにふさわしい風格でした。





伊藤シリーズ、


いかがでしたか?


その中でも、伊藤麻衣子は


今でも、童顔のままです。


おばちゃんでも。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:菊池桃子


菊池桃子。


桃子じゃ~い。



雑誌の”BOM”の創刊号の表紙でデビュー!


もう、それだけで、


この、誰?ダレ?


可愛い~!が


炸裂しました。


ページを飾る、”パンツの穴”を映画化し、


ここに桃子を主演させました。


この映画は、大手の映画会社ではなく、


洋画的興行でした。



小規模の映画館数でしたが、


これが、大当たりしました。


ティーンはこぞって、


映画館に足を運びました。


とっても、Hなノリで、


桃子の可愛さと可憐さと、、ちょっぴりエロチックな桃子に


ファンはのたうちました。(オーバーなたとえです。が、私もその一人です。)


歌も出しました。、


「青春のいじわる」。


それほど、ヒットメーカーではない時代の秋元康の作詞でした。


この売行きは、さほどでもなく、


私は、持っていますが・・・・。



いい歌でした。


賞レースは辞退したものの、


人気はうなぎ登りでした。


そして、大きなヒットは、


「卒業-GRADUATION」です。


ザ・ベストテンでは、よく出ています。


はにかみながら歌う、桃子の独特の声は


ファンには、たまらないものでした。


「もう逢えないかもしれない」のヒットや、


「Say Yes!」の振り付けしながら歌う、桃子に


ファンは、


大合唱を送ったものです。



しかし、


人気も、だんだんと、落ちて行きました・・・。



そこで、桃子のプロダクションとレコード会社は仕掛けました。


ロックバンドの触れ込みで、


”ラ・ムー”という、バンドのボーカルを勤めました。


桃子と、ロック?


どないなことや?のファンを尻目に


出した歌のタイトルが、


「愛は心の仕事です」。?????



聞けば、どこがロック?


桃子そのものの相変わらずな、歌い方でした。


それも、長くは続かず、(当たり前か!)


でも、懲りずに、あと、数曲、出した。


恐るべし、桃子。




後に、


鈴木雅之と、デュエットソング、


「渋谷で5時」が注目されました。


小ヒットながら、


これは、意外にも、さまになっていました。




そこまでした。


ギリギリ、アイドルとしては・・・。




そして、めでたく、五月みどりの息子、プロゴルファーの西川哲と、結婚をします。


家庭に納まります。



追い鰹のCMなどや、家電製品のCMで、お目にかかりましたが、


長女、長男に恵まれ、子育て中心の生活にひと段落して、


今では、「はなまるマーケット」の月曜レギュラーに出ています。



まだ、まだ、その当時のあどけない可愛さが残っています。


司会の岡江久美子は、


”いずれ、私の座を桃子に明け渡す日”は、


そう、近くないとばかりに、


メラメラと、ライバル心、むき出しです。




とにもかくにも、


菊池桃子は


主婦と仕事を両立させながら


桃子は健在です。




【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:斉藤由貴



斉藤由貴です。



講談社のミスマガジンのグランプリで表紙を飾り、


「可愛い~!」と大反響を呼び、


デビュー曲は、「卒業」です。


♪制服の胸のボタンを下級生にねだられ・・・



作詞、松本隆、作曲に筒美京平(本当に凄い作曲家)、


編曲に武部聡志(のちに、一青拗のプロデューサー、この編曲が表に出る

ターニングポイントの編曲だった事を、NHKの「ザ。プロフェッショナル」で語っていました)



そんな、豪華布陣で挑んだ、この歌の素晴らしさと、


由貴の初々しい愛くるしさもあり、


大ヒットしました。




そのうえ、テレビドラマ、「スケバン刑事」の初代・麻宮サキで、


ヨーヨーを巧みに操る由貴に、


ファンもとより、小中高生の間で、爆発的な大ヒットをしました。


「スケバン刑事」は、今でも、根強い人気があり、


ここ最近でも、映画で、松浦亜矢が主役を務めていましたが、


ヨーヨーがCGばかりで、アナログな由貴時代の感じがなく興ざめでした。


由貴も、ニューヨークにる母親役でゲスト出演していました。




当時に戻りましょう。




映画では、東宝映画の正月映画として、「雪の断章・情熱」が作られました。


「セーラー服と機関銃」で注目され、名監督になった相米慎二監督が、


由貴を徹底的に、しごき、


「スケバン刑事」で一躍有名になった由貴には、


あまりにもアイドルにふさわしくない本格的なシリアスな映画でした。


東宝としては、女優として、東宝の顔にしたかったのでしょう。


デビューのきっかけも、東宝第一回新人シンデレラオーデション準グランプリだから。


ちなみにグランプリは、沢口靖子です。余談でした。


この映画は、伝説の長まわし(ワンカットは数分に及ぶ。映画界では挑戦的なカットです)が


話題にはなりましたが、


映画は、コテンパンに不入りでした。




だが、NHK朝ドラの「はね駒」で、全国的になりました。


熱狂的なファンには、このドラマは物足りないものでしたが、


斉藤由貴は着実に、人気をあげていきました。



映画、ドラマ、歌と、着々と・・・



映画の「優俊 ORACION」では、


来生たかおとのデュエット曲も小ヒットながら


話題になりました。



のちに、歌も、井上陽水のカバー曲、「夢の中へ」が、久々の大ヒットし、


ザ・ベストテンでも、腰をくりくり回しながら


♪夢の中へ 夢の中へ 行ってみたいと思いませんか・・・ウッフッフー・・・ア~ア~・・・


斉藤由貴の新たな一面でした。





結婚をしてからは、


今では、母親役で、お見かけします。


名残は十分にあります。





斉藤由貴。



ほんとうに、ほんわかアイドル。


とてもとても、可愛いかったです。





余談:斉藤由貴の実弟もデビューしましたが、


作詞家の大御所、松本隆初監督作品、「微熱少年」は、


惨敗しました。




【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:岡田奈々 木之内みどり



大事な人を書き忘れていました。


岡田奈々です。



そうだ、こうなりゃ、


岡田奈々の前に


岡崎友紀の「奥さまは16才」は?


吉沢京子の「柔道一直線」は、どうや?


の、さかのぼった、声が聞こえそうですが、



やはり、


奈々です。


オーデションで選ばれ、


デビュー曲は「ひとりごと」は、


松本隆作詞、都倉俊一作という、思い切ったコンビが提供。


可愛いけれど、売れませんでした。




そして、岡田奈々を注目の的にさせたのは、


中村雅俊の当たりドラマでもある「俺たちの旅」での、田中健の妹役でした。


可憐な、岡田奈々に、


こぞって、ファンが


雪崩状態に増えていきました。



清楚で、おしとやかな、奈々は、


岡田奈々ワールドを確立させていきます。



やっと、4曲目で、「青春の坂道」が、ヒットしました。


ただし、後にも先にも、奈々には、唯一のヒットになりました。



でも、奈々は、


それだけでも、存在をかもしだしていました。




そんな、さなか、


大きな事件が起きました。



岡田奈々暴漢監禁事件です。


自宅マンションに押し入った暴漢が、奈々の手にナイフで切りつけ


重傷を負わせたうえ、翌朝までいて、出て行った事件です。



当時、マスコミは、こぞって、憶測記事を書きました。


岡田奈々のイメージをゆがめる、悲しい憶測でした。


ファンには、たまらなく悔しいことでした。


岡田奈々の今後を左右する事件でもありました。



奈々は気丈にも、記者会見後、


すぐ、芸能活動を再開させます。



角川映画の「戦国自衛隊」、「里見八犬伝」にも端役ながら出たり、


テレビでは、大映ドラマの「スクールウォーズ」でも出ました。


が、


やはり、あの事件のイメージは大きいものでした。


それ以後は、


当たり役にも恵まれず、


芸能界から、フェイドアウトしていきました。




やっと、最近、


テレビにも出るようになりました。



島田伸助の「深いイイ話」の出演での話では、


芸能界からのフェイドアウト後も、


ファッションも含めて、行動も


ファンが求めていた、”岡田奈々”のイメージを守るため、


堅持し、


スカートも長めをはいていたそうです。



あの事件後の記者会見で見せた、かたくなまでの


毅然とした岡田奈々を訪仏させます。



奈々は芯のある、女性だったんです。


もう、おばちゃんですが、未婚です。


まだ、独身です。




岡田奈々は、


やはり、岡田奈々でした。


人生を”岡田奈々”に順じています。


これも、けなげです。



岡田奈々、名前が、


そう、語っています・・・・。



本当に、ありがとう。






*岡田奈々を取り上げて・・・


木之内みどりも、はずせません。


(そうだ、そうだ!)



16才の時、「めざめ」の曲でデビュー。


コケティッシュな顔立ちと、


スタイリッシュな感じが、とてもたまらなく、


ファンが増えていきました。


映画では、「野球狂の詩」。


テレビドラマの「刑事犬カール』」が大ブレイクし、


雑誌「GORO」の表紙を何度も飾り、


熱狂的なファンを作りました。



歌では、「横浜いれぶん」は、知る人ぞ知る名曲です。


あまり、陽は当たりませんでしたが、


この歌を知らなくして、木之内みどりは語れません。




その後、



イメージに反して、


既婚者の後藤次利(おニャン子の作曲者)、現、河合そのこが妻)との


スキャンダラスな顛末の末、


潔く、すぐさに引退しました。



結果、何年後かには、後藤と結婚し、そして、離婚しました。




今では、ご存知のように


竹中直人の奥さんに納まり、


子供にも、きびしい妻の役目を果たしています。





岡田奈々、木之内みどり。


一時代を駆け抜けたアイドルでした。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:少年隊



少年隊。



錦織、ニッキ。


植草、カッちゃん。


東、ヒガシ。


この三人は、トシちゃん、マッチのバックダンサーとして、長い下積みを経て、


「仮面舞踏会」で、デビューする。


この歌は、作詞を、ちあき哲也(庄野真代の「飛んでイスタンブール」、最近では、

紅白にも出た杉真人の「吾亦紅」が大ヒット。)


作曲を、もう、ここまでくると、あきれ返るぐらいのヒットメーカー、筒美京平です。




少年隊のデビューは、


その後のジャニーズ事務所、現在に至るまでの指針、


出発点となったグループでした。



今までのアイドル、お茶に濁し程度の踊りではなく、


稀に見る、プロを驚かす、パフォーマンスを見せてくれました。


アクロバチックなバック転を取り入れたりと、


躍動する、例を見ないステージを展開しました。



歌と踊りのインパクトにより、


この衝撃的なデビューは、大ヒットにつながりました。



またたくまに、少年隊は、アイドルに登りつめました。


ただのアイドルではなく・・・。



「デカメロン伝説」、「バラードのように眠れ」と、


ヒットは続きました。




また、オリジナルミュージカル、”PLAYZONE:通称、プレゾン”が、


始まりました。


少年隊の真骨頂は、


まさに、ここにありとばかりに、ステージの三人は、


歌に踊りに、最大の場面を展開しました。




そして、


「君だけに」では、しっとりとバラードを聞かせ、


”静”の少年隊を見せてくれました。


最高潮を迎えました。





だが、ここを境に・・・


レコードでは、大きなヒットは出なくなりました・・・。




その後、


活動場を、各自が動き出しました。


植草が、いきなりの結婚を契機に、


TBSの橋田ドラマ、「渡る世間は鬼ばかり」に。


京唄子の息子役で、ちょっと、ひ弱で、女房との板挟みで翻弄される役を


彼らしく熱演をしました。




錦織は、舞台に進出し、


髪の薄さも何のそので、


ステージのMC(合間のおしゃべり)は、俺にまかせよ!の感じで、


バラエティなどにも出てました。


少し前に、NHKの「夜は胸キュン」で、いい味を出していました。




東は、


デビュー当初は、三人の中では、あまり、人気がなかったのですが


着々と実力をつけ、


今では、ジャニーズ事務所の顔になっています。


確かに、あの森光子のいやらしいほどの後押しもあったとは思いますが、


彼は地道に歩んできたのです。



だからこそ、ジャニーズでは、一目置かれ、


ジャニーズ事務所の取締役まで、登りつめました。

(*近藤真彦も、取締役です。え~っと、驚くなかれ・・・・)




ヒガシは、最近では、


あの「必殺」シリーズ、最新作で、藤田まことに変わって


中村主人的、役をやっています。


なかなか、藤田まことを超えるのは至難の業ですが、


彼なりに、こなしています。



浮名は、牧瀬理穂とは、結婚寸前までとか・・・?


深田恭子との仲も噂されました。


独身ですからネ・・・・


ジャニーズ社長の娘さんとの噂もありました。





とにかく、


三人三様の活躍となりました。



今でも、三人をつなぎ留めている、前記のミュージカル”プレゾン”は、最近まで続き、


900回以上超えるロングランになりましたが、もう、終わるそうです。



でも、解散はしてません。



ジャニーズの中でも、


いや、芸能界の中でも、


アイドルとして、これほどまで続いたのは、


凄いことです。



少年隊が築いた歴史は


まさに、ジャーニーズのいしづえとなりました。


そして、アイドルの姿を塗り替えました。





少年隊。


やはり、「仮面舞踏会」。


♪ウェイクアップ・・・好きさおまえが・・・


・・・ゆれて 魔性のリズム・・・


いまでも、カラオケでも盛り上がります。



少年隊の雄姿を、また見たいものです。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:原田知世



原田知世です。



知世ちゃんです。


角川春樹の秘ぞっ子と言って、過言ではありませんでした。


角川の新人オーデションで選ばれ、ちなみに、グランプリは、渡辺典子です。


1982年、テレビ番、「セーラー服と機関銃」でデビューしました。


ある意味、”花の82年組”かもしれません。


映画主演デビューは薬師丸ひろ子の「探偵物語」の併映作品(オマケ映画)の扱いでしたが、


薬師丸ひろ子見たさが、ついでに見た、「時をかける少女」に釘づけになりました。


この作品は、大林宣彦監督の尾道三部作の「転校生」に続く第2弾でしたが、


あまりの映画の出来栄えに、評論家も大絶賛しました。


そのことで、あまりヒットしなかった、「転校生」まで、見なおされました。


「時をかける少女」は、「探偵物語」の人気を超えるかのような勢いで、


知世人気に拍車をかけました。


エンディングロールでは、知世自身の歌う、ユーミン作曲の主題歌も大ヒットし、


映画の場面、場面のショットで歌う、けなげで、可愛い知世の歌声が、


とても魅了しました。


最後まで、席を立てない演出でした。


ラストで、はにかむ知世ちゃんの笑顔が印象的に終わりました。


原田知世は、一躍、アイドルに登りつめました。


その後、渡瀬恒彦との共演のあしながおじさんをモチーフにした、


「愛情物語」でしたが、、テーマがよくなかったのか、


あまりパッとせず、


「天国にいちばん近い島」では、「時かけ」コンビに戻し、


歌共々、ヒットしました。ただ、映画の出来栄えは、これもパッとしませんでした。


「早春物語」も、小ヒットに終わり、


可愛いイメージから、抜け出せない原田知世がいました。


その間にも、知世の姉、原田貴和子も「彼のオートバイ彼女の島」でデビューしましたが、


残念ながら、売れませんでした。

(プチ情報:最近、貴和子は、オダギリジョーの
「タミオのしあわせ」に、ちょい役で出ていました)



のちに、


角川から独立した原田知世は、


東宝映画、「私をスキーに連れてって」が大ヒットし、


スキーブームにひと役買いました。


この映画は、当時、話題をさらったホイチョイプロダクションの映画第一弾で、


全編、ユーミンの歌が彩りを添え、


知世健在を示しました。


知世ファンには、たまらない再ブレイクでした。


その後も、CMには必ず出ていました。


映画も、竹中直人監督の「サヨナラCOLOR」や、


黒木和雄監督遺作の「「紙屋悦子の青春」と、


芸術性の高い映画に出るようになりました。


結婚もしました。


歌も、他の大物アーティストとのコラボレーションも盛んで、


知世ファンは、業界にはたくさんいる事を知らしめました。


知世は、あらぬ噂(マニアック性?)が、とかく言われてますが、


原田知世は、原田知世なんです。



あの「時をかける少女」の汚れない笑顔は、


そして、


♪モモ、くり、三年、柿、八年・・・


大林監督自らの挿入歌が、今でも耳から離れません。



原田知世。



永遠に語り継がれる、映画アイドルのひとりです。




<オマケ>


”角川三人娘”。


渡辺典子も書きましょう。


映画は、「伊賀忍法帖」でデビュー、


テレビで爆発的視聴率を叩きだした、「積木くずし」の


映画版を好演しました。


でも、やはり、渡辺典子を語るのは


「晴れ ときどき殺人」のミステリーでした。併映は「湯どの山麓呪い村」(笑)です。


角川のミステリー文庫作品映画化の一連でしたが、


主題歌も歌い、


私は買ってしまった!意外に買っていたのです。


いい歌でした。


♪は~れ、と・き・ど・き~・・・


なかなかの澄み切った声が


気丈な性格と、ともなって、


いいお味を出していました。



その後、真田広之の「麻雀放浪記」の併映作品、


「いつか誰かが殺される」に、


そして、「結婚案内ミステリー」を境にして、



いつのまにやら・・・・



芸能界では、


当時、あの島田伸助の”東京の女”としての


扱われかたでした。



プロ野球選手とも結婚しましたが、


今でも、たまにドラマにも・・・





薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子。


角川春樹の申し子として、誕生しましたが


渡辺典子には、酷だったようで、可愛相でした。



映画アイドルとして、もてはやされましたが


芸能界の荒波を乗り越えるのは・・・


けわしいものなのです。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:薬師丸ひろ子


薬師丸ひろ子です。


初めて、映画界のアイドルが登場です。



角川三人娘のひとり、いや、


先頭を切った、


文庫から映画へと、角川春樹が贈る映画アイドルの大トップバッターでした。



角川映画は、まず、「犬神家の一族」で、映画界に殴り込みをかけ


大宣伝し、大ヒットさせ、映画業界に新風を巻き起こしました。


湖でのさかさま足や、”俺はスケキヨだ!”のマネが流行り、


石坂浩ニの当たり役になりました。


(なんか、私としては、本領発揮の映画列伝です。)



角川は、その勢いをかって、「人間の証明」では、


”見てから読むか、読んでから見るか”のコピーが話題をさらい、


またまや空前の大ヒットを飛ばしました。


その次に、高倉健主演の「野性の証明」で、オーデションから選ばれ


薬師丸ひろ子の誕生となるわけです。



遂にデビューを果たしました。


ひろ子の”お父さん、怖いよ、戦車が来るよ!”のセリフはTVスポットでばんばん流れました。


初々しい演技も評判でしたが、愛くるしさにファンは増えていきました。


「戦国自衛隊」にも出ました。



そして、初主演作が、大林宣彦監督の東宝作品「狙われた学園」でした。


これは期待に反して、さほどヒットせず、


でも、次は東映に変えて、「セーラー服と機関銃」が、


大当たりしました。大グレイクです。


ラストの薬師丸ひろ子が機関銃をぶっぱなすシーンで、”カ・イ・カ・ン!”と叫び、


もう、これが、はやり言葉になり、


その時のシーンでは、ガラス破片が、ひろ子のホホを直撃し


切ってしまう騒動も、ひと役買いました。



薬師丸ひろ子は大スターに早々と登りつめました。


また、主題歌を歌い、これが、また、


大ヒットということで、ダブルヒットを遂げました。


その主題歌は、本来、自作の来生たかおが歌う予定でしたが、


角川の鶴の一声で、ひろ子に回ってきたのです。


棚からボタモチどころか、砂金が降ってきました。


初めての”夜のヒットスタ”ジオ”での初歌は今でも鮮明に覚えています。


吉村真理に、大丈夫よと、やさしく導かれ歌いだしました。


♪さようならは別れの言葉じゃなく ふたたび逢うまでの遠い約束・・・


可愛らしい歌声は、レコード同様に、なお、生歌により、


さらに、ファンを集めて行きました。


薬師丸ひろ子の完成形に向けて、走りだしました。


*余談ですが、来生たかおも、詞をちょっと変えて、「夢の途中」を出しましたが、


これも、ヒットしました。


セーラー服と・・・夢の途中が、ダブルでオリコンを席巻しました。快挙です。




そして、次の作品では


な、なんと、松田優作と共演をします。


「探偵物語」です。


優作のテレビの映画化でしたが


これも、大当たり、


ラストでは、ファンが仰天するぐらいのシーンが用意されていました。


キスシーンでした。


アイドルですから、手加減のはずが、


松田優作は、それを良しとはしませんでした。


ディープキスをしました。


それも長々と・・・。


やってくれました。が、


それも、ファンは、


女優根性として見なし、ますます、ファンを興奮のるつぼと化していきます。



主題歌も、もちろん大ヒット!


作詞に松本隆、作曲に大滝詠一という、ゴールデンコンビを配して、


♪でもね たぶん き~っと~・・・


歌の良さも手伝って、ひろ子の魅力が炸裂です。


夏休みには、長蛇の列で、場内に入りきれないほどの映画館は超満員でした。


当時の映画館は、立ち見OKでしたから、、定員オーバーは当たり前の


凄さでした。


その時の同時上映は、原田知世のデビュー作の「時をかける少女」でした。


その作品で、原田もブレイクしたので、


2本立ての、この興行は、映画館に最大の恩恵を与えました。



まだ、快進撃は続きます。


深作欣ニ監督、真田宏之共演のオールキャストで贈る「里見八犬伝」は、、


これも、凄まじい宣伝力で大ヒットをしました。



さらに「メインテーマ」では、共演の野村宏信がデビューし、


若若しい、ふたりの共演にファンはジェラシーをわかせたほどです。



そこで、


イメチェンを図るために


女優を演じ切るというテーマを持った、


夏樹静子原作のミステリー作品、「Wの悲劇」を選びました。


共演は三田佳子、ツイストの世良公則、新人ながら高木美保も出ていました。


この映画の質は、ずば抜けてよく、


薬師丸ひろ子を女優と認知させた映画です。


歌も、ユーミンが提供し、松田聖子同様の歌手としても絶頂期を迎えます。


♪もう、行かないで そばにいて・・・


切ないバラードです。


まさに名曲です。


これも大ヒットしました。


揺るぎない地位を薬師丸ひろ子は手に入れたのですが・・・


「野蛮人のように」、柴田恭平共演の映画あたりから、


なだらかに下り坂を迎えました。


そして、「紳士同盟」を主演は最後に、


角川春樹との確執?からか、それも定かではありませんが、


角川から決別したのです。



そして、、松竹の「ダウンタウンヒーローズ」に出ましたが、


全盛期の見る影もなく、興行は惨敗しました。


その後、中途半端な映画ばかりに、お茶を濁す結果となりました。


薬師丸ひろ子のアイドルとしての役目は終止符を打ったのです。



のちに、出した、「胸の振り子」の歌の作曲が縁かわかりませんが、

いわくつきの玉置浩二、
(安全地帯のボーカル。売れる前からの奥さんと離婚し、
石原真理子との熱愛は世間を騒がし、近年、石原の暴露本でDV説も問われたが、
やけぼっくいに火が付いたのか、三度目の結婚をし、半年あまりで別れました)


と、結婚したのです。


薬師丸ひろ子の父は、熱心な新興宗教の幹部でしたので、


反対を噂された中でのハワイでの結婚でした。



当然のごとく・・・


やはり、離婚しました。



もう、薬師丸ひろ子の存在は、


遠い過去となっていきます。



やがて、フジテレビの沢尻エリカ女王様?主演の「1リットルの涙」での


母親役に唖然としましたが、もう、こんな、年なんだと納得し見ましたが


この好演が認められ、


東宝映画、「オールウェイズ3丁目の夕日」にも出演し、


CGで昭和を再現したし、昭和の郷愁を誘った、この映画は、


大当たりしました。


ここでも、母親役での好演でした。


アイドルの面影を残しながらも


薬師丸ひろ子は、息づいています。



映画界のアイドルの先駆けだった、この人を、


今でも、テレビや映画でみかけると


時の移ろいを特に感じさせてくれます。



”えへ!”、”いひ!”の物マネが流行りましたが・・・。


薬師丸ひろ子は、このひとも、永遠です。


ありがとう。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(1)

アイドル列伝:南野陽子


ナンノ。


南野陽子。


ずっずっずい~と、そうです。


大ファンでした。


取り乱しました。すみません。


「恥ずかしすぎて」でデビュー。


神戸出演のお嬢様のふれこみでだったが、不発!


早々とチャンスが訪れた。


フジテレビの「スケバン刑事」の第2代目、麻宮サキに選ばれたのだ。


一代目は斉藤由貴でした。(斉藤由貴は後日書きます。)


二代目は鉄仮面の少女です。


ヨーヨーを回しながら、「今じゃマッポの手先。おまんら、許さんぞよ!」で、


10代どころか、もう、大人まで、虜にしました。


きれい可愛いの二点盛りです。


歌も、「さよならのめまい」、「悲しみモニュメント」、「風のマドリガル」と、


小ヒットながら、ナンノは輝きを放っていきます。


作曲を、明菜の「セカンドラブ」を手がけた来来たかおに依頼、


それが、「楽園のDoor」でした。


初めてのオリコン1位を獲得しました。


映画も、「スケバン刑事」が映画化され、これも超大ヒット。


場内はナンノファンの男の子たちで埋め尽くされました。


いや、女の子までが、


映画館は立ち見も出る騒ぎとなりました。


私は年甲斐もなくではなく、夜の回に、そっと見てました。


とても可愛かったです。


「はいからさんが通る」では、


映画にちなんんで、愛らしい、はかま姿に身を包み


あでやかさを演出しました。


もう、南野陽子絶頂期です。


「吐息でネット」、「秋からもそばにいて」・・・



でも、やはり、このシリーズでもあまり、触れてはいませんが、


アイドルは3年が命でしょう。


歌はうまくなく、これが、かえってアイドルらしい時もあります。


けれど、南野陽子の美しさと反比例に、人気は下降していきました。


アダルトな時期がやってきました。



遂に東映作品ながら、初ヌードのうえ、乳房をもまれる役にも


チャレンジしました。


「寒椿」です。高嶋の兄との共演でした。


私はあえて、見ませんでした。


そんな、南野陽子が・・・ご無体な真似をと・・・・


私の小さな胸は痛みました。


なんか、今までのアイドル列伝シリーズにはない


個人的感想が多いとお嘆きのあなた。


よお~く、考えて下さい。


これは、本来”ブログ”なのです。


たまには、書かしなさい!



懲りもせず、「私を抱いてキスをして」でも披露を。


これも、私、見てません!


南野陽子をそんな目で見ることは


絶対ファンには許されませんと、


思い切り書きましたが・・・・


それは、ナンノが若い時まで・・・




その後、米米クラブの石井竜也と婚約しましたが、


石井の初監督映画「河童」にもゲスト出演したが、


石井の女性問題で、別れるハメになりました。



もちろん、正解です。


その後は、ドラマや時代劇、舞台にも、


最近では、2年ほど、「笑っていいとも」のレギュラーとしてがんばっていました。


ショップチャンネル、QVCでも、バイヤーとして広告塔として、こづかい稼ぎをしています。


かなり、老けこんでしまいましたが・・・


南野陽子らしさは、変わりません。



まだまだ気になるアイドルのひとりです。




【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(4)

アイドル列伝:河合奈保子

抜けていました・・・。



松田聖子に気をとられ、


河合奈保子を。


奈保子ファンから、ちゃんとやれ!


奈保子を書かずして、アイドル列伝が語れるか!との


お叱りを頂戴しそうでした。



河合奈保子。


ぽっちゃりです。デブではありません?


(おい!何をいきなり、ののしるんや!)


いえ、私もファンだったのです。



売り方は、オーデションで選ばれ、西城秀樹、ヒデキの”妹”としてでした。


デビュー曲は、「大きな森の小さなお家」という、けったいなタイトルでした。


案の定、全然、売れませでした。


でも、可愛さにファンは急増しました。


やっと、「ヤングボーイ」で、頭角を現しましたが、


不幸なことに、NHKの「レツゴーヤング」のリハーサル中に舞台のセリから落下し


治療を余儀なくされましたが、


「スマイルフォーミー」の大ヒットで、


♪スマイル!フ、オ、ミー!・・・と、ダイナミックにヒデキの「ヤングマン」同様に


手を大きく上にかざして歌う奈保子に、ファンは虜になりました。


その後、竹内まりやの「けんかをやめて」でヒットを飾り、


続いても竹内での、「インビテーション」も出しました。


大人への歌の足掛かりにつながりました。



そして、おとなしめで、おっとりの雰囲気を変える


勝負に出ます。


「エスカレーション」でした。


これは、チェカッーズや、中森明菜の作詞を手がける売野雅勇がプロデューサーし、


大胆な、エキサイトフルな河合奈保子を演出しました。



大きなヒットにつながりました。


また、来生コンビや、尾崎亜美にも楽曲を提供され、


その間、間に、フレシキブルな「UNバランス」、「コントロール」を出しました。



私、個人的には、バラードの「北駅のソリチュード」が印象的でしたが、


年々、売れなくなっていきました。


映画にも出ましたが、活躍の場面は、


主に歌でした。


テレビでは、時代劇で、高橋英樹とからんでいました。



若干の低迷期がありましたが・・・・。



しかし、


彼女は、アーティスト、


シンガーソングライターとして、


全自作曲のアルバム「スカーレット」を出したのです。


それまでの河合奈保子に、そんなイメージ、かけらもなかったですから


当然、業界は驚きでした。


でも、確かに曲の才能はあったのです。(私も買いました!)


シングルカットされた、私も大好きな「ハーフムーン・セレナーデ」は、


切なくも、のびやかなバラードでした。


いい曲でした。


テレビでは、ピアノの弾きながら歌いました。


河合奈保子は、新たな才能を開花して


今までのアイドルには到底考えられない再復活を遂げたのです。


2弾目に出したアルバムの中のシングルカット曲、「十六夜物語」は、


素晴らしい曲に仕上がっていました。


プロもうなる作品です。




でも、やはり、作品のグレードはここまでした。



やがて、ヘア・アーティストと結婚をします。


奈保子ファンはがっかりしました。


引退とは言わなかったですが、


それ以後、育児もあってか、


芸能界から遠ざかっています。



風の便りでは・・・・


今は、オーストラリアに在住のことのようです。


しあわせなら・・・・


それでよし。




河合奈保子。


松田聖子の影に隠れて、全国的は、存在は薄かったようですが、


元気娘。いいお嬢さんとして、年配者にも受け入れられていました。


いい子でした。気立てはバツグンだったように思えます。


アイドルの中ではダントツで!



奈保子ファンは


今でも多いような気がします。


私を含めて・・・・。



奈保子!がんばれ!





【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:柏原芳恵


”か、し、わ、ばら、芳恵です!”


柏原芳恵。(デビューは、よしえ、のちに、改名して芳恵です)


”スター誕生”出演です。


デビューは、阿久悠と都倉俊一のピンクレディ強力コンビの「No.1」でしたが、


売れませんでした。


やっと、数曲後、


アグネス・チャンのB面だった、曲をカバーした


「ハロー・グッバイ」でした。


♪紅茶のおいしい喫茶店・・・白いお皿にグッバイ・・・グッバイ・・・


フリフリ衣装の芳恵により、


この歌はヒットしました。


やっと、同期の聖子、奈保子と、肩を並べました。



その後は、アイドルとしての地位を確立しましたが、


絶大なる芳恵ファンに支えられましたが、


ヒットには恵まれませんでした。


豊満な胸の可愛い色気に悩殺されたファンは


河合奈保子と、競い合いました。


ただ、当時、ふたりは大の仲良しで、「なおなお よしよし」と呼び合っていると


歌場番組の”ザ・ベストテン”で、席も仲良く並び、強調してましたが、


いつのまにか、そんな姿も見かける事もありませんでした。


ライバルはライバルですから・・・。




低迷期を脱出したのは、


谷村新司による「花梨」を契機に(名前も、ここで、改名・”よしえ”から”芳恵”)


中島みゆきに提供された楽曲「春なのに」です。


ザ・ベストテンでも何週もランキングし、連続出演したほどの


最大級のヒットになりました。



代表曲になりました。



この歌は、今でも、卒業シーズンには欠かせない歌のひとつです。

(今でもNHKや民放でも、卒業シーズンでは歌っています。)



この歌により、柏原芳恵は、


立派に歌手として見なされました。


アイドルのハードルを超えたのです。



が、


次の、阿木、宇崎コンビによる「ちょっとなら媚薬」から・・・


松山千春などにも曲を頂きましたが、


残念ながら、あの「春なのに」がピークのまま、


柏原芳恵はほそぼそと、芸能界に生きていました。



余談ですが、全盛期、今の皇太子、当時浩宮様が、ファンを公言して


世間を驚かせました。(あまり皇族は影響力が強いので特定しない。)



ふたりが、お逢いしたのも、語り草です。




とにかく、柏原芳恵の


ファンは熱狂的でした。


東映ビデオシネマで、色気チックなアクションビデオにも


体当たりしました。


ファンだけが、大喜びで、


再び、中島みゆき提供の「最愛」のヒットを最後に


舞台の幅は狭くなって、


こんにちに至っています。


まだ、独身です。




柏原芳恵。



この人も、


本当に根強いファンがいます。


アイドルらしい、アイドルでした。



「春なのに」、


本当に名曲です。


永遠に歌われる歌に巡り合えた


芳恵も芸能界冥利に尽きるでしょう。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:花の82年組 松本伊代、他




この年の1982年のアイドルは豊作でした。


”花の82年組”と称されました。



中森明菜、小泉今日子、松本伊代、早見優、石川秀美、堀ちえみなど・・・。


シブがき隊も。



豪華です。


明菜とキョンキョンは触れましたので、



まず、松本伊代から始めます。


今では、ヒロミの奥様で、子供二人に恵まれ、


当時の天然ボケを忘れたかのように、主婦業と、タレント業をこなしている。


デビューは、「センチメンタルジャーニー」では、二人の女の子のバックダンサー(?)を従え


可愛く、♪伊代はまだ、16だから・・・


このかままととが!の辛辣なお声を頂戴しながらも、けなげに歌いヒットしました。


いきなりのブレイクです。


でも、その後は、あまりパッとせず、


伊代の天然ぶりに呆れかえりながらも、


しぶとく、タレント的に活躍してました。


伊代こそ、バラドル(山瀬真美、森口博子など)の


走りではなかったでしょうか・・・。






次は、早見優。


ハワイ出身を売りで(今では伊藤由奈がいます。)のデビュー。


「急いで!初恋」は、聞きしに勝る売れない。


どうするのかとお思いきや、


「夏色のナンシー」で、大ブレイクしました。


♪恋じゃな~い(YES!)のフレッシュな歌声と、掛け合いが


ファンも魅了しました。


やはり、英語が出来るということで、NHKの英語番組にも出ていました。


知的イメージが先行で、(あのアグネスチャンとは意味が違います)


歌は、「夏色・・・」のみのヒットで終わってしましましたが、


結婚後は、主婦としてもがんばっており、


何故か、しぶとくも


今でもテレビで、お目にかかれます。


前にも「花まるマーケット」にも主婦目線で準レギュラーで出ていました。





そして、、石川秀美です。


この子も、デビュー曲、「妖精時代」が無残な結果でしたが、


次曲が、マニア受けながら、


松本隆作詞の「ゆ・れ・て・湘南」がヒットしました。


♪ゆ~れて、ゆれて湘南 君は・・・バックミラーに・・・


意外にもこれは名曲です。


このヒットだけでしたが、



のちに、”出来ちゃった結婚”で、


あのシブがき隊の薬丸裕英、ヤッくんと結ばれました。


5人の子宝に恵まれ(薬丸の怒涛の子づくりマシーン健在!)、


芸能界では、おばあちゃん的に「花まるマーケット」などの薬丸は


仕事に行く早朝に、最寄りの神社に参拝するという信仰で、


現在の成功に導いてくれるとのことで、感謝で参拝してます。(プチ情報です)




石川秀美。


職場結婚みたいなものでしたが


今では、幸せな家庭を築いています。





お待たせの、堀ちえみです。


ホリプロのタレントスカウトキャラバンで発掘されました。


「潮風の少女」でデビュー。


売れません。


彼女は、アイドルの中では唯一、代表曲のない


稀有なアイドルでした。


強いてあげれば、「リボン」ぐらい。


かなり、曲を出しましたが、ヒットには恵まれませんでした。


でも、彼女をブレイクさせたのは


あの大映テレビの十八番ドラマ、「スチュワーデス物語」で、


一躍、大注目されました。



何んといっても、


共演の風間杜生との”ドジで、のろまなカメ!”と、罵倒されながらも


健気にスチュワーデスの研修生として、風間にほのかな恋心を寄せながら


付いてゆく姿は、あまりにも無様でも共感を得られ


春やす子、白石まるみ(当時可愛かった!)とのからみや、


片平なぎさの口で手袋を取るシーンは見せ場でもありました。


こうして、堀ちえみはドラマでスターの仲間入りを果たしました。



が、


20才にして、


突然の電撃引退をしました。


一説では、当時、付き合っていた、


作曲家の後藤次俊(おニャン子たちの作曲者、会員の河合その子とその後結婚)に


振られたのが原因とささやかれましたが、定ではありません。



アイドルとしては引退はしましたが、活動を


生まれた大阪に移して、がんばってはいました。


のちに、


医者と結婚しました。



子供を設けましたが、


泥沼の離婚裁判沙汰になりました。


女性週刊誌にかなり、取り上げられ、


暴露的な様相になり、バトルを繰り広げました。


結果、勝訴で、子供の親権を勝ち取りました。



何年後かに、一般人の方と、


再婚しましたが、


食べ盛りの5人の子供を抱え、


精力的に、全国放送にもカムバックを果たしました。



今でも、テレ朝の「ビフォーアフター」に出たりと、バラェティでもお目にかかれます。


今でも、当時の面影のまま、愛らしく


年齢の割には、5人の子持ちの割には、可愛く輝いています。


人生の紆余曲折はありましたが、


幸せそうな感じが伝わってきます。




堀ちえみは


”ドジでのろまなカメ”ではなく、


立派な大人に成長しました。


パチパチパチパチ!(拍手)




今年の夏、


松本、早見、堀の三人で


TBSの”うたばん”に、”キューティマミ”とか名乗って出ていましたが、


司会の中居におばちゃん扱いで、心の中ではマジ切れしていたそうです。

(最近、松本伊代がテレビで中居本人の前で、告白していました。)



*私、個人的には、歌では、「青春の忘れ物」が最高でした。


「ジャックナイフの夏」というのも持ってますが、何か文句でも・・・?



最後にシブがき隊です。


薬丸、本木、布川の三人です。


ヤッくん、モッくん、フッくん。


ヤン坊、マー坊、天気予報見たいですネ!(笑)



ジャニーズ、唯一の踊れないグループでした。


デビューは、「NAINAIシクスティーン」です。


これが、売れました。


「100%…SOかもね!」、「ZIG ZAG セブンティーン」と、


ヒットを連発しました。


極めつけは、やはり、「ZOKKON 命(LOVE)」でした。


”ぞっこん!”と叫ぶところが、大受けで、


話題になりました。


映画も、「シブがき隊 ボーイズ & ガールズ」始めに、


数本出ましたが、


たのきんトリオのようにはヒットしませんでした。


仲も、あまり良くなく、薬丸だけが、浮いていたという話です。


それもあってか、下降気味なり、


最後の大バクチ、アイドル捨て身の賭けに出ました。


コミック・ソングのノリでした。


その曲は、


「およげタキヤキくん!」のようでもありました。


そうです。


「スシ食いねェ!」です。


これが、予想に反して、


バカ当たりしました。


シブがき隊、復活でもありましたが、


一時でした。


それを最後に


後はご存じのように・・・。


のちに、解散に至りました。



解散後は、薬丸は、タレント業に。


前記のように、石川秀美と結婚。


「花まるマーケット」では、


岡江久美子を相手に、おばちゃん談義番組、


タレントの位置は確実に守っています。



本木は、


俳優業に転身し、


着々と足場を固め、


昨今では、アカデミー賞外国語賞に輝いた「おくりびと」の


主演、企画をこなし、話題をさらいました。



布川といえば、


う~ん・・・。


元アイドルの”つちやかおり”と、責任とるみたいに、すぐさに結婚し

(アイドル時代に交際してた。ミマタ以上かけながら・・・)


活躍の場は、タレント業に。


また、ドラマの端役とか、旅番組に、家族ともども出たりと、


テレビのQVCショップチャンネルで、売り子みたいに出ています。


アロハシャツ狂いは相変わらずですが・・・。



シブがき隊。


良くも悪くも


ジャニーズ出身の中では、


まだ、各メンバー、今でも、頑張っているのですから、


大したものです。








*それにしても、これだけ、アイドルを書けるな~と


我ながら感心します。


アイドル・オタクでもなく、


映画ばかり見まくっていた男ですが・・・



ちなみに最初に大ファンになったのは


関根恵子です。今は、高橋恵子です。


映画アイドル列伝も書きましょうか・・・



秋吉久美子のデビューの映画、「赤ちょうちん」は、


当時、映画館が入れ替えのない時代、


何度も見ました。


すごく、すごく、可愛かったです。


なんか、ブログらしくなってきましたネ。


いらぬ知識のお披露目会のブログではと、


反省は一応してますが・・・


マル。

【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:たのきんトリオ




田原俊彦の、”た”、野村義男の、”の”、近藤真彦の近を、”きん”と呼び、


たのきんトリオ。


金八先生によるブレイクのきざし。ジャニーズ事務所が仕掛けた。


まず、田原俊彦が「哀愁デイト」でデビュー。


いきなりの大ヒットで、


”トシちゃん”ブームが来る。


母の手ひとつで育てられた田原はたくましい快進撃が続く。


「ハッとしてGood」、「恋は=DO」、「君に薔薇薔薇いい感じ」ときて、


ジャニーズ、お馴染、先駆者の郷ひろみの「お嫁サンバ」、


シブがき隊の「スシ、食いねぇ!」を訪仏させるノリ路線で、


「NINZIN娘」が飛び出す。


♪一本でニンジンニンジン・・・


調子に乗って売れました。


だが、近藤真彦が現われてから(後に書きます)、


レコードもさほど、売れなくなりました。


トシちゃんのアイドル性だけが先走り、歌は評価されず


物マネの対象になって、バカにしたような物真似だけが、


芸能界の位置づけでした。



それを解消しかけたのが、


フジテレビドラマの「教師びんびん物語」でした。


共演の野村宏信とのコンビかけあいが話題にもなりました。


新たな世界を作りだしました。


主題歌、「抱きしめてTONAIGHT」もヒットました。


シリーズ化もされましたが、


しかし、それも、長続きはせず、


ゆるやかに人気は落ちて行きます。


そして、


ジャニーズ事務所を辞めました。


結婚しました。



長女誕生の記者会見で、「俺はビッグ発言!」が飛び出し、


マスコミ、ファンなどを敵に回してしまったのです。


ジャニーズ事務所の後ろ盾を失った田原には


挽回する機会は、もう、なかったのです。



だんだんと、芸能から影は薄くなっていきます。


田原俊彦の髪同様に・・・。



今では、テレビでは、お目にかかれませんが、現役バリバリで、


ライブ、コンサートに歌い踊っています。



田原俊彦。


トシちゃん。


男性アイドルの典型だった。


今もか・・・。




それとは、対照的に


”マッチで~す!”の


近藤真彦です。片岡鶴太朗ではありません。念のため。


デビューは、「スニーカーぶる~す」。


作詞に松本隆、作曲は、筒美京平と、満を持しての布陣です。


♪ペアで揃えてスニーカー、春夏秋と駈け抜け 離れ離れの冬が来る・・・


うまい詞です。


いきなり、大ヒットしました。


次の「ヨコハマチーク」はイマイチでしたが、


3弾目の「ブルージンズメモリー」で早々に映画化されました。


たのきんトリオとしての


東宝のドル箱の映画シリーズが続きました。


歌も、「ギンギラギンにさりげなく」では篠ひろこのダンナの作詞で


これも、ギンギラの派手な衣装とバンダナが光っていました。


そして、映画にもなった「ハイティーン・ブギ」では、武田久美子の共演が話題になりました。


この作曲は山下達郎です。

(後にkinkikidsの「硝子の少年」も山下達郎。ジャニーズとはこれがきっかけだったんです。)


噂にもなった、中森明菜との共演、「愛・旅立ち」があります。


明菜が自殺未遂事件を引き起こした、近藤の沈黙は続きました。



これを契機に渋め路線に変更です。


本格的に歌の賞レースに望みました。


「愚か者」では、賞を総なめし、レコード大賞に輝きました。



その頃から、車好きが高じて、たびたび、日産の後押しもあって


よくレースにも出ていました。


あまり、成果は出ませんでしたが・・・。


だんだんとレースにのめりこめりながらも、


「ミッドナイトシャッフル」で、紅白に返り咲きました。


野村のヨッちゃんがギターで応援バックバンドを。



その後は、あまり目立つ事もなく、


ジャニーズの大先輩という位置づけで大きな顔をしてます。




それが顕著だったのは、


後輩の前は当たり前のごとく、


最近では、F1で解説をやったりしました。


ある場所では、片山右京、佐藤琢磨の3人で臆せずしゃべっていました。


あきれかえれぐらいの態度です。


まるで同じ土俵にいたとばかりに・・・




ジャニーズがバックというのは大きいです。


田原俊彦は辞めて、あのように・・・


そして、近藤は・・・。


どこへ向かっていくのでしょうか・・・・?



終わりといきたいですが、


野村義男が、


「俺は?俺は?」とせきたてられるようで・・・


あのヨッちゃんが、目立たないヨッちゃんが。


3番目にデビューを果たしましたが、


バンドとしてです。賢明な案です。


Goodbyとして、「気まぐれONEWEWBOY」です。


曽我もいましたネ。


さほど、売れませんでした。


ヨッちゃんだから、いいでしょう。


レコードも何枚も出しましが、ブレイクもせず


たのきんトリオとして、がんばっていました。


ちょっと、色もの的みたいに。




年を経て・・・



突然、現れたのは


あの浜崎あゆみのバックバンドとしてでした。


当時から、ギターには凝っていましたから


実力は、どうせ?でしたが、ノリノリで、


浜崎の横で、ギターを弾きなぐっていました。


ヨッちゃんは生きていたのです。


彼らしく・・・。




そして、結婚も彼らしく・・・


相手に選んだのは、元AV女優でした。かなりインテリな女性でした。有名でした。


今では、凄く仲良くやっているそうです。



野村義男は田原俊彦、近藤真彦を横目に見ながら、


アイドルにはなれないジレンマもあったでしょうが・・・・


これも生き方のひとつとして参考になります。


野村万歳、いや、野村義男、バンザ~イ!です。




たのきんトリオ。


一時代を駆け抜けた、ジャニーズの指針にもなったアイドルでした。


その後の少年隊も、光ゲンジも、男組も、忍者(?笑)も、みんな、


たのきんトリオなしには語れません。




【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:小泉今日子




キョンキョンだ。


小泉今日子。


デビューのこの年は"花の82年組”と呼ばれるほどに


アイドルの豊作の時だ。


後にも先にも・・・。


中森明菜、シブがき隊、早見優、松本伊代、石川秀美等・・・



小泉の今日子のデビューは散々だった。


「私の16才」は、ぶりぶりのアイドルで、さっぱり売れず


林寛子のカバー曲「素敵なラブリーボーイ」から「半分少女」までは


そこそこのアイドルだった。



だが、事務所に承諾を受けず、


小泉は思い切り、髪の毛をバッサリ!ベリーショートにして変身。


”キョンキョン”の誕生だった。


デビューから足かけ2年。


やっと、「艶姿ナミダ娘」から、「渚のはいから人形」、「ヤマトナデシコ七変化」と、


ヒットは続いた。



そこで、転機は訪れた。


秋元康の出会いである。


「なんてたったアイドル」で、アイドルなんだ!を力説し、また茶化し、


新生、アイドル、小泉今日子が始まった。


映画では、「ボクの女に手をだすな」に主演し、主題歌、


アルフィーの高見沢に提供された「木枯らしに抱かれて」も


ヒットした。


「夜明けのMEW」では、しっとりと、バラードを歌いあげ


小泉今日子は


確立されていく。


恋も盛んで、


チェッカーズの藤井フミヤと恋したり、フミヤの弟と付き合ったりの


変幻さを見せた。


フィンガー5の「学園天国」もリメイクし、


のりのりのキョンキョンだった。


また、TBSドラマ、田村正和共演の「パパとなっちゃん」で、高視聴率を叩きだし、


主題歌、「あなたに会えてよかった」も大ヒット。


映画も、新たなる新境地、


あの「セーラー服と機関銃」で、薬師丸ひろ子を”カ・イ・カ・ン。”で


一気にブレイクさせた、名監督、相米慎二に手による


浅野忠臣共演、「風花」は、


小泉今日子の”女優”と呼ばれる第一歩だった。


この頃から、アートする小泉今日子だった。



その結果、


永瀬正敏との結婚に至ったが、


後年、別れた。


今では、主に、映画に趣を置き


渋めの作品、「空中庭園」、「グーグーだって猫である」などに


主演してる。


かなりのヘビースモーカーで、


インタビューで、堂々と煙草を吸っている姿を見たことがある。


それも、うまそうに・・・


3年前に、松たかこもコンサート稽古の合間に煙草を吸っていたのをテレビで見て、


興ざめしたが、


キョンキョンは


堂に入っていて、御見それしましたみたいな感じでありました。





小泉今日子。


今や、


アイドルから


本物に残った芸能人。


立派なものである。


今でも、まだ、可愛いです。


40代になっても。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:中山美穂



ミポリン。


中山美穂。


作家の辻仁成との結婚でCM以外は家庭に収まってはいたが、


遂に、辻仁成原作の「サヨナライツカ」でスクリーン復帰を果たす。


この映画がいわくつき。


5度ほど前の企画映画。クランクイン寸前だったが、


主演、美穂、監督、辻の交際騒動でおじゃんになった映画です。


辻が南果歩と離婚後のことでもあるので、


中止された映画です。


(余談:ちなみに南果歩は渡辺兼とお互い、再婚を果たす。)





中山美穂。


デビューはドラマ。


TBSの「毎度おさわがせします」、のどか役のちょっぴりエッチで、元気な役柄で、


いきなり話題になりました。


あまりの少年たちの下ネタばかりにPTAでも物議をかもしだしました。


歌のデビューは、「C」です。


まずまずでしたが期待ほど売れませんでした。


そして、ドラマの「ママはアイドル」での愛称が”ミポリン”ということで、


そのまま、中山美穂はミポリンと呼ばれれるようになりました。


映画では、「ビーパップハイスクール」で中村トオル達のマドンナ役を愛らしく好演し


テレビドラマでは、その後、フジテレビの”月9”に七つも主演を果たしました。


これは、キムタク同様、偉業です。


歌は、「色、ワワイトブレンド」では可愛らしく、


「ツイてるね、ノッテるね」、「WAKU WAKUさせてよ」、「派手!」、「50/50」と、


ダンサンブルな歌が続きました。


角松敏生と組んだ「You're My Only Shinin' Star」では、難しい歌を美穂らしく歌いあげ、


今でも心に残るバラードの名曲と慕われています。


そして、WANDSとユニットを組んだ「世界中の誰よりきっと」が大ヒットを記録しました。


これは、今でもカラオケで、歌われるほどです。


ドラマ主題歌「ただ泣きたくなるの」も、


新たな美穂の一面でした。




中山美穂の全盛期です。


美しさと、可憐さが、


ファンを魅了しました。



そこで、彼女の転機が待っていました。



岩井俊二の「Love Letter」です。


切なげな女性の演技と、岩井の監督のみなぎる才能と相まって


最高の映画を生みました。


この映画は、韓国でも、当時、珍しく、日本映画としては最初に当たった映画です。


ラストの「お元気ですか~!」の叫び声は、


韓国で、若者の間で、大流行したほどです。



また、竹中直人の監督作品「東京日和」もロングランしました。


大人びた中山美穂は、もう、この頃、ミポリンと呼ばれることもなく


脱皮していきました。




そして、突然の結婚でした。


あの辻仁成です。


フランスに住居を構え、子育てもフランスでした。


ようやく、子育ても一段落か、


カムバックを果たします。



奥さんの中山美穂を見る最初の映画は、


「サヨナライツカ」。


離婚はサヨナラハイツカなどの憶測は呼ばないことを望んで


ここはおひらきに、したいと思います。




余談:私ごとですが、それほどのファンでもないのに、


後半のアルバムは大半、持っています。


今でも、「You're My Only Shinin' Star」を聞くと


とても、切なくなります。


ぜひ、聞いてください。





【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:中森明菜




中森明菜です。


当時、松田聖子と人気を二分した明菜です。


”スター誕生”出身。


デビューは「スローモーション」。


作詞が来生えつこ、作曲、来生たかおの姉弟コンビでした。


アイドル的な曲ではなく、本格派での発進です。


歌はとても、いいのですが、


この曲にファンは応えられませんでした。


あまりにも、アーティストチックな曲だったからです。



(ここから早くも、余談:私は、デビュー間もない、明菜に取材をしてます。


ここで、オマエ何者や?といぶかしげられそうですが、


間近に明菜本人とマネージャー、こちらは、私と、カメラマンでの


インタビューです。


まだ、16歳の明菜です・・・。まだ、売れてはいないのです。


けなげな年ごろですが・・・


もう、


ここから、明菜の本領発揮です。


こちらの質問に、ほとんど、答えない。


見かねたマネージャーが合いの手を入れる状況でした。


まるで、明菜は無視するかのような・・・


こちらも、ご機嫌を損ねるようなことはしてないのですが、


本人は至って、冷めて仏頂面です。


「え~っ、この子、どんな子です?」状態です。


私も、早々と、インタビューを打ち切りました。


ただ、それでは、こちらもカッコがつきませんから、


取材用の紙に明菜直筆のコメントをいただきました。


”「スローモーション」でデビューした中森明菜です。・・・・今後もよろしく・・・”


と、5行ぐらいの短めのコメントでした。(今でも残っています。)




あの事は、、しっかりと、20年以上たっても、忘れられない事です。



本題に入りましょう。



明菜のスタートは残念ながら、売れませんでした。


2弾目は、アイドルとして軌道修正します。


ただ、ブリっこ歌ではなく、、不良少女なイメージで。


その歌が、


「少女A」でした。


タイトルといい、歌い方といい、


衝撃を与えました。


作詞作曲は、チェッカーズ一連のヒット曲(涙のリクエスト、星屑のステージなど)を手がけた、


売野、芦沢コンビでした。


これは、大ヒットしました。


この勢いに乗って、次も不良路線かと思いきや、


な、なんと、


もう一度、来生コンビに戻し、


「セカンドラブ」という、


バラードに出てきたのです。


私は、あの時の事などを忘れ、


さっそく、レコードを買ってしまったというぐらいの


素晴らしい名曲だったのです。


これは、売れに売れました。


明菜をシンガーとして、見なされました。


♪恋も二度目なら 少しは上手に・・・・・切なさのスピードは高って・・・


ここから、明菜の勝てば官軍、明菜伝説の始まり、始まり・・・・


「1/2の神話」、「トワイライト」、「禁区」、「北ウィング」・・・


「サザンウィンドゥ」では、作曲が安全地帯の玉置浩二でした。


「十戒」、「ミ・アモーレ」と続き・・・


井上陽水書き下ろしの「飾りじゃないのよ涙は」もヒットしました。



映画にも出ました。


たのきんトリオのひとり、近藤真彦と共演しヒットした


「愛・旅立ち」です。


この共演をきっかけで、前から噂がありましたが、


なお、熱く、二人は付き合いを始めました。


後に・・・・


伝説の12月31日紅白にぶつける”明菜自殺未遂事件、近藤との関係話記者会見”は


当時、すごく、話題をさらいました。




「デザイヤー」で、レコード大賞に輝くという快挙を成し遂げます。


この歌もちろんのこと、衣装が着物をイメージした奇抜なデザインで


振付同様、明菜をピークにしました。


あの加藤登紀子に書き下ろしてもらった


「難破船」が再び、


明菜をもっと、輝きを持たせました。


この「難破船」は、明菜の「セカンドラブ」同様、代表曲のひとつでもあります。


まさに名曲です。




前記の自殺未遂記者会見以後、


それからが、境目だった気がします。


私生活の事もあったでしょう。


妹の明穂の事もありました。


年を重ねるごとに


精神的アンバランスさもあり、危うい行動、奇行ばかりが目立つようになりました。


不遜はデビューのままに、自殺騒動からの明菜は情緒不安定で、


声は、荒れて行きました・・・。


あまり、声が、のびなくなっていきました。


私生活も、もっと、荒れていきました・・・。



そして、レコード会社とのひと悶着以降、


芸能界からも干されるようになりました。



年月を経て・・・



でも、明菜も、40代になって、再び・・・


カバー曲のアルバム「歌姫」で、一躍注目されるようになりました。


「歌姫」はシリーズ化されました。



2月ほど前に、NHKの「SONGS」に2夜にわたって出ていました。


声は、もう、あの時の声は望めませんが、


明菜の独特のハスキーさは健在です。



中森明菜。


私はインタビューをした経緯もあってか、


複雑なものがありますが、


何か、


明菜の動向には、


今でも注目しています。



明菜は、


明菜です。


アイドルに収まらない、破天荒なアイドルでした。




*余談2:手元にある明菜の直筆コメントの字は、


かなり、斜め書きの癖のある字です。


生意気でしたが、あの頃の明菜のお顔は


とても、とても、可愛かったのを、覚えています。




月日の流れは早いです・・・。




*余談3:明菜の取材話ついでに、あの当時、三田寛子、芳本美代子(ミッチョン)も

取材しました。当時のアイドルは地方まで、よくキャンペーンに精力的な時代でもありました。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(2)

アイドル列伝:松田聖子


お待たせしました。


アイドルの女王。


卑弥呼か、クレオパトラか、


松田聖子か。(何でやねん!)



この芸能史に燦然と輝く、天下を極めたアイドルの女王に君臨。


松田聖子を語らずして、何を語る。


サンミュージック出身。


福岡から出てきて、相沢社長の家に居候。


この所属事務所は、今では、ベッキーが稼ぎ頭。


あの酒井法子もいた。


当時は、森田健作と、桜田淳子のみがスターで、


相沢社長の目に適った人物が聖子だ。



デビュー曲は、「裸足の季節」。


これが、さっぱり、売れない。


第二弾は、「青い珊瑚礁」。


これが、大当たりしました。遂に売れました。


♪あ~、私の恋は南の風にのって走るわ~・・・


勢いよく声が通る歌い方で、


一躍、アイドルの仲間入り。


「ルイルイ」の太川陽介と、NHKの歌番組で、スクールメイツ(懐かしい!)をバックに


歌ったり、テレビ東京のあのねのね司会の「歌うヤングスタジオ」にも、よく出ていました。


たのきんトリオの田原俊彦とは、グリコのポッキーで共演し


噂も立てられました。田原のファンには、


カミソリ入りの手紙を送られるやらと・・・。


それも、有名税です。



その後、「風は秋色」、「チェリーブラッサム」、


ライブでは、すごく盛り上がる「夏の扉」、


♪フレッシュ、フレッシュ~ 夏は扉をあけて・・・


私も、当時、コンサートに行き、この「夏の扉」のボルテージの凄さを


目の当たりにしたひとりです。



聖子ちゃんカットの髪形も大流行しました。



そして、「風立ちぬ」あたりから、


しっとり感が出てきました。


作詞とともに、あの作詞界の大物、天才、松本隆をプロデューサーに迎えてからは


本物志向の歌づくりに心懸けていきます。


この「風立ちぬ」は、作曲は、大滝詠一です。



アーティストを迎えての


聖子本格路線プロジェクトが始まりました。



そして、聖子の進路を決定づけた曲は、


もちろん、


「赤いスイートピー」でした。


作曲にユーミンを、松任谷由実を迎えました。


ペンネームは呉田軽歩です。


ここからが、聖子伝説のスタートです。


作曲者に、ユーミンはもちろんのこと、細野晴臣、財津和夫、


佐野元治、尾崎亜美などが顔を連ねました。


「天国のキッス」、「ピンクのモーツファルト」、「ハートのイヤリング」、


「天使のウィンク」と、シングル連続1位連発でした。



「ガラスの林檎」では、B面の「スィートメモリーズ」が注目を浴び


大ヒットしました。


映画では、「野菊の墓」で初主演を果たし


以来、続々と作られ、


聖子のアイドル、いや、芸能界では、


一目置かれる、大スターと化していきました。


そして、郷ひろみとの「生まれ変わったら、結ばれる・・・。」発言が飛び出した


お別れ記者会見は物議をかもしました。


聖子の郷ひろみへのあこがれは、デビュー前からだったそうです。



洋服も手掛けました。


”セイコ・フローレンス”という、ブランド名で売る出し、反響を呼びました。


何度か、”語学留学”は名ばかりの


整形説も出ました。


確かに、帰国するたびに


鼻筋やら変わっていき、


大人びた顔と、体は反比例していました。



そして、いよいよ、神田正輝との映画の共演をきっかけに


結婚へと発展していきます。

(聖子が外国で倒れ、神田が看病が功をそうしたという話です。)



娘の沙也加に恵まれましたが、ご存じのように


神田とは離婚し、


歯医者と結婚したり、外国人とつき合ったり、原田真二とも噂を立てられたり、


娘の沙也加がデビューしたがパッとしなかったり、確執があったりと、


マスコミには


格好の餌食となっていきました。




松田聖子の芸能界での分岐点は、


やはり、所属事務所サンミュージックからの独立でした。


父が社長を務める個人事務所を立ち上げました。


アメリカにも進出しました。



だが、それからは、歯車が狂ったかのように


目立たなくなっていきました・・・。



でも、聖子は聖子。


絶大なるファン。


それも、アイドルとしては、女性に共感を得られ、


たくましくひとりで生きる女性のシンボル的もあり、


堂々とした聖子のアイドルとしての立ち振る舞いや


すみずみまでが


聖子ワールドの貫録です。


稀有なアイドルです。


自信に満ちあふれ、自分を脚色出来る才能を持った


天才的なアイドルでした。


コンサートの手抜き口パク騒動もそのひとつです。


本当ならば(私にもそうは、見えた・・・)


さも、歌っているように見えるのは


指先までも、敏感に感応する聖子の姿が


見る者を圧倒したのでしょう。



その後、自作曲の「あなたに逢いたくて・・・」で、


久々のスマッシュヒットを記録しました。


アダルトな聖子を演出しました。


これも、名曲です。



ここ最近は、ヒットには恵まれませんが


テレビでのお姿は、ふけましたが・・・


TBSの”うたばん”では、今でもファンの石橋、中居を相手に


松田聖子を存分にふるまっています。


女王の貫録です。



聖子は魔物です。いい意味も悪い意味も込めて・・・。


今でも、歌えば、最高を提供してくれます。




松田聖子。


天から授かりし、


今でも現役バリバリのアイドルです。



私、個人的には、あまり、ファンではありませんでしたが、


松田聖子のアルバムは、「瑠璃色の地球」などのコアな曲を歌っていた時のものが


数枚、まだ、あります。




今でも、気になるアイドルのひとりでしょう。



決めつけます!


松田聖子は、このアイドル列伝にふさわしい、本当のアイドル!最高峰でしょう。



感服です。




【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:桜田淳子




桜田淳子。


「天使も夢みる」でデビュー。


だが、所属事務所のサンミュージックの後押しにも


もうひとつだった。


ベレイボー帽がトレードマーク。


次に出した、


♪クック クック~ クッククック~ 青い鳥・・・


「わたしの青い鳥」がヒット。


阿久悠作詞、中村泰士(佐川満男の「今は幸せかい」で、歌手から作曲家へ)の作曲で


その後も、連作するが、


大きなヒットにはつながらない。


やっと、「夏にご用心」、「気まぐれヴィーナス」、「はじめての出来事」で、


淳子色を強める。


♪はじめてのくちづけで おしゃべりはしないで、(淳子!) 泣き出して・・・


歌の合間のファンの”ジュンコ!”に反応する


素朴な可愛さだけで、なかなか大きくはなれなかった。



同期の山口百恵には、どんどん引き離されていく。



ただ、歌手としての転機は、


中島みゆきに提供された「しあわせ芝居」で


新境地を開く。


この歌で、女心の切なさを、しみじみ歌いあげ、


大人の淳子に変わっていくが、


まだまだ、可愛さだけが先行していく・・・。



そして、ドラマ、映画、舞台(細雪)と活躍の場を広げていく。


一皮むけないままに・・・



結婚をする。



統一教会の信者としての結婚で、


マスコミを連日にぎわかし、


霊感商法、広告塔などの問題も含めて、


やがて、芸能界から離れてゆく・・・。



今では、信者のままに


ダンナ、子供と、ひっそり暮らしている。




桜田淳子。


人さし指をホホに当て、”淳子です~。”の物マネになるように


素朴と可愛さだけが印象的だった。


その武器だけでは芸能界では羽ばたけない


アイドルの宿命的なアイドルでした。


でも、忘れられないアイドルのひとりです。



桜田淳子、山口百恵・・・


花の中三トリオとして、三人娘のトリは・・・・




森昌子です。



オーデション番組”スター誕生”としては、初代グランドチャンピオンで


鳴り物入りで、この子の売れいかんでは


”スタ誕”の命運の鍵を握っていると言って過言ではない。


力の入れ方でした。


デビューの「せんせい」は、もちろん、作詞は阿久悠です。


作曲は亡き、音楽界の作曲家の大御所、


遠藤実(千昌夫の「星影のワルツ」など・・・多数の大ヒットあり)が作曲しました。


♪せ・ん・せ・い せ・ん・せ・い それは~ せんせ~い~


前に手を振りの振付で


この歌は、またたくまに大ヒットを記録しました。


”スタ誕”は、番組名通り、スター誕生を産みだしました。


それからは、怒涛のごとく、アイダルラッシュももたらしました。



一番手の森昌子は


はっきり言って、顔は?ですが(失礼)、


歌唱力は絶大でした。


天然パーマのまるで、いがぐり頭でしたが、


その後はストレートパーマで矯正。


演歌の道を走って行きます。


そして、「哀しみ本線日本海」で、


大人の演歌を切々と歌い


森昌子の位置づけを明確にしていきます。



極めつけは、


「越冬つばめ」です。


この歌は、ご存じのように、意外にも


♪飛んで 飛んで 飛んで 飛んで・・・の「夢想花」でお馴染みの円ひろしが


作曲しました。


大ヒットではありませんでしたが、


森昌子の代表曲になりました。



その後は、大きなヒットに恵まれず


最近亡くなった大原麗子との離婚経験の森進一と結婚に至りました。


それにより、芸能界を引退しました。


男の子、子供三人に恵まれ、


主婦業に専念していましたが、


森進一の強引な勧めで、ステージに登るようになりました。


復帰ではなく、森進一のゲストサポート的な役割でしたが、


森夫婦ショー的に変貌していきました。


これは、森進一流のモウケ主義からきました。


「おふくろさん」騒動でもわかるように、得て勝手なのでしょうか・・・


余談ですが、森進一には、こんな逸話があります。


立ち上げた事務所に、当時、伍代夏子がいたのですが、


あまりのケチさに、手伝っていた森の実の妹と、伍代夏子が独立をしたという


不名誉な話が話があります。



この話からも森進一の姿が見えます。(誹謗では実話です。)



離婚は当然の結果でしょう。


疲れ果てた森昌子は、子供三人を連れて家を出ました。


食べるために、


昌子は復帰の道を選びます。


でも、長年のブランクは大きすぎました。


いくら、ステージで歌っていたといっても、


一線ではなかったのです。


復帰作は、なかにし礼作詞、浜圭介(奥村チヨのダンナ、「舟唄」など作曲)が手掛けた


「バラ色の未来」のレコーディングに望みましたが、


声が出ない!歌えない!葛藤の末、


なんとか、再デビューを果たしました。


が、


あまり、売れませんでした。


今は、ホリプロから独立し


個人事務所を立ち上げ、こんにちに至っています。




森昌子、桜田淳子、山口百恵。


三人三様の生き方ですが、


”賢い選択。”


チョイスは本人自身です。


山口百恵は人生においても


賢者の道を歩んでいます。

【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:山口百恵




山口百恵の登場。


森昌子、桜田淳子と”花の中三トリオ”の三人娘のひとりですが


山口百恵が、ずば抜けています。



やはり、テレビ番組”スター誕生”から入らなければなりません。


この企画は、作詞家の阿久悠。


審査員に作曲家、都倉俊一、中村泰士などが並び


上記の三人が誕生したのです。


その中でも、、山口百恵だけは、ホリプロながら


デビュー曲の「としごろ」は、パッとしませんでした。


そこで、起死回生の「青い果実」、千家和也作詞の


♪あなたが望むなら 私 何をされてもいいの・・・


衝撃的な歌詞が話題になり、ヒットしました。


また、「ひと夏の経験」では、


♪あなたに女の子の一番 大切なものを あげるわ・・・


で、またまた衝撃を与えました。


ただし、ピンクレディや、フィンガー5の曲を作曲した都倉俊一(元妻は大信田礼子)が


この作曲者ですが、この曲の出だしが


「コンドルは飛んでゆく」の曲をゆっくりにすると、メロディはそっくりで


盗作騒動の話もありました。


ともかく、山口百恵は、


大きく羽ばたいていきました。


映画では、「伊豆の踊り子」で三浦友和と共演し、以来、


ゴールデンコンビとなり、


「古都」まで、ヒットは続きました。


みなさん、ご存じのように、この共演で、


未来の旦那を獲得したのです。



ドラマも、あの大映シリーズおなじみのオーバーデフォルメ物語「赤い衝撃」など、


”赤いシリーズ”ドラマは高視聴率を叩きだしました。



歌では、新たな展開を生みだしました。


「港のヨーコヨコハマヨコスカ」で、新世界を作り出したダウンタウンブキブキバンドの


阿木曜子、宇崎竜童の夫婦コンビが、山口百恵に提供したのは


「横須賀ストーリー」でした。


♪もう これっきり これっきり これっきりですか・・・


斬新な歌詞は、百恵のイメージをなお、ワイルドに変身しました。


「プレイバックPART2」では、♪馬鹿にしないでよ~ そっちのせいよ~・・・


荒々しい女性を歌いあげました。(NHKらしく、レツゴヤンブで、歌詞を♪真っ赤なポルシェ、を、


♪真っ赤な車、と、変えて歌っていた話は語り草です。)


「イミテションゴールド」、「美・サイレント」と続きました。


「夢先案内人」、「乙女座宮」と、軽やか路線もヒットしましたが、


また、新たな曲に出会いました。



それは、


名曲、「秋桜」です。


さだまさしの作詞作曲です。


今でも、結婚披露宴でも歌われる、この曲により、


百恵は、シンガーとして、


不動の地位を築きあげました。



続いて、谷村新司による「いい日旅立ち」は、


デスカバリージャパンとして、JRのCM曲として、


見事に成功させました。



勢いをとどまることもない百恵でしたが、


引き際はわかっていました。


前記の三浦友和と結婚を選び、


芸能界から、きれいさっぱり、身を引く決断をしました。


これだけの大スターの引退には、業界もビックリでしたが、


このいさぎよさは、後にも先にも出てこないと思います。


ラスト曲は、阿木、宇崎の「さよならの向こう側」でしたが、


ステージで、歌い終わって、マイクを置くパフォーマンスは


感動的でもあり、


百恵にふさわしいラストステージでした。




山口百恵。


今では、引退以来、表舞台には一度も現れませんが


いい女房として、がんばっています。


息子は、バンドで、デビューは果たしています。




女性が家に納まるのが一番、賢い選択と言えば


昨今、物議をかもしだすが、


やはり、


山口百恵は


賢い選択を選んだのです。



山口百恵は


美空ひばり同様といっては、美空ファンからお叱りを受けそうですが、


永遠です。


それほど、


凄っかったです。


【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(2)

アイドル列伝:浅田美代子




隣の美代ちゃん・・・・


浅田美代子です。


TBS番組、天地真理を発掘した、「時間ですよ」の第三番目のお手伝いさん役です。


浅田美代子は


どこにでもいる女の子がコンセプトでした。


そんなアイドルの誕生でした。


デビュー曲は、「赤い風船」。


作詞は、安井かずみ。作曲、またまたの筒美京平です。


これが、また、バカ売れでした。


♪あの子はどの娘 こんな夕暮れ しっかり握りしめた赤い風船よ~・・・


あの調子ぱっずれの歌が、憎めなくて可愛くて


これまた、凄まじい人気でした。


音をはずす物マネが流行り、


美代子の歌は笑いの種にもなりました。


新たなるアイドルの出現でした。


ドラマも「寺内寛太朗一家」では、西城秀樹とも共演し、


国民のマスコットガールになりました。




その後はあまりヒットに恵まれず、


バラエティなどにも出たりしましたが、


な、な、なんと、吉田拓郎と結婚してしまったのです。


石野真子が、長淵剛と、結婚しましたが、一年足らずで


離婚したので、


いずれは、浅田美代子も・・・・と、ファンも案じていましたが


案の定、離婚し、


吉田拓郎は、森下愛子と三度目の結婚で今日に至っています。




その後、「釣りバカ日誌」の初代石田りえに変わり、奥さん役が


当たり役など、ドラマにも


精力的に出ています。



また、浅田美代子は天然ボケをいかんなく発揮しながら


明石屋さんまの加護もあり、バラェティにも、


しぶとく


芸能界の確固たる地位を築いています。



【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:麻丘めぐみ




麻丘めぐみです。


小さい時から、モデルなどやっており


キャリアは長い。



そのめぐみが、


歌手としてデビューしました。


「芽ばえ」です。


作詞は、「終着駅」、「雨」、バスストップ」の千家和也です。


作曲は、またもや、筒美京平です。

(作曲依頼を筒美京平にするには、印税以外にも、依頼料がいります。

売れっ子ですから、大変な額です。とういうことは、かなり期待された新人という

ことです。)


この「芽ばえ」は、ヒットしました。


あまりの可愛らしさにファンは急増しました。(僕もその一人です。)


次作に「悲しみよこんにちわ」、「女の子なんだもん」、と出しましだが、


あまり、ヒットしませんでした。


で、


やっと、大ヒットが生まれました。


「私の彼は御用聞き!」です。


バカチンガ!


「私の彼は左きき」です。


詞の話題性もあり、


♪小さく投げキッス する時も する時も わたしの私の彼は左きき・・・


振付もありで、麻丘めぐみの可愛さ大爆発でした。


左ききが認知(昔は左ききに偏見あり)されるというような


左ききがもてはやされる、そんな雰囲気でした、当時は。


そして、


麻丘めぐみは紅白にも出演し、全盛のアイドルになりました。



でも、


その後は、あまり目立ったヒットもなく、


しぼんでいきました。



突然、20代前半にして、


テレビディレクターと結婚してしまい、


芸能界から、去って行きました。



さぞや、ファンは残念か、思いきや、


この頃は、かなりのアイドルがひしめきあうようになり、


麻丘の存在も影がうすれてしまっていたのです。


その後、麻丘は1児をもうけましたが、早くして、離婚しました。


今も、バラエティか、ドラマでも拝見しますが、


面影はそのままですが


おばちゃんですから・・・。


なんか、過去に大ファンとしては、見るのもつらいものがあります。




【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:南沙織




南沙織です。


待ってました!ですか?



沖縄出身で、長い黒髪がトレードマークでした。


デビュー曲は、「17才」。


作詞は、「小指の想い出」の有馬三恵子。作曲は売れっ子の筒美京平でした。


いきなり、大ヒットし、鮮烈なデビューを飾りました。


(余談:この「「17才」は、その後、森高千里でカバーされ、大ヒットしました。

超ミニで歌う、足のきれいさに見とれたものです。)




本題に戻りましょう。


ヒットが続きました。


「潮風のメロディ」、「純潔」、「愛愁のページ」、「ひとけらの純情」などなど・・・


有馬、筒美コンビで、ヒット連発でした。


「色づく街」は、大ヒットしました。



可愛く、あどけない笑顔はファンをとりこにしました。


愛称を”シンシア”とも呼ばれ、それにちなんで、


吉田拓郎とかまやつひろしがコンビを組んで


「シンシア」という歌を南沙織に捧げました。


この歌は話題になり、ヒットしました。


絶頂期です。



デビューからのシャケットなどの撮影は、あのカメラマンの大家、篠山紀信でした。


いずれ、ダンナになるとは・・・


それは、後に記すとして。



そして、歌手として、少し大人への足掛かりは


「人恋しくて」でした。


作詞は中里綴。


西野バレー団(金井克子、由美かおるなどが所属)にいた、江見早苗です。


えっ、書けるの?という感じでしたが


これが、いいんです。


♪暮れそうで暮れないたそがれ時は・・・


作曲は、「春うらら」の田山雅充です。


この歌により、一皮むけた感じになりました。



尾崎亜美にも提供された、「春の予感」は


化粧品CM曲ともあいなり、大ヒットしました。


南沙織ワールド全開です。




段々とアーティスト的にもなりました。


ジャニス・イアンのカバー曲で、松本隆作詞の「哀しい妖精」は


あまり、ヒットはしませんでしたが、


沙織自身も個人的には、一番のお気に入りでした。



♪いくつの手紙出せば

あなたに逢えるかしら

いくつの涙流せば

この想い届くでしょう


名曲です。




彼女は本当に賢い女性です。


引き際はちゃんとわかっていました。


結婚相手に、


前記に出た、篠山紀信を選んだんです。


世間はアッと驚きました。


年齢差はもとより、あの篠山の風貌もあり、


ファンは何でなの?でした。


けれど、選択は間違っていなかったんです。


芸能界をきっぱり、やめました。


聡明な女性だからこそです。(後の山口百恵もそうですが・・・)



今では、子供もバラエティなどにも出ています。(子供は天然?)



南沙織の生き方は(特に芸能界では)


学ぶところがたくさん、あります。




南沙織は永遠です。


もう一度、当時の歌を聞いていただけば


なお、わかることでしょう。


【 2009/11/26 (Thu) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:小柳ルミ子




新御三家、ひろみ、五郎、秀樹。



対して女性軍のアイドルは、


小柳ルミ子、南沙織、天地真理でした。



まずは、小柳ルミ子。


ナベプロです。宝塚歌劇団の出身でもあります。


デビュー曲は、「私の城下町」。


♪格子戸くぐりぬけ 見上げる夕焼けの空に・・・


鳴り物入りではありませんでしたけど、


早々と、1曲目から大ヒットで、オリコンの1位になりました。


作詞は、郷ひろみの「よろしく哀愁」などを書いた安井かずみ。


作曲は五木ひろしの「よこはまたそがれ」、布施明の「恋」、「霧の摩周湖」などの


平尾昌晃。「必殺」シリーズの音楽も手掛けました。


このコンビによる歌は、”日本抒情歌謡”とも呼ばれました。


これだけ売れたのに、ステージ衣装は自前だったと、


最近、テレビで当人が語っていました。


母に作ってもらっていたと・・・。


まだまだ、厳しかった当時の芸能界を想像させます。



「お祭りの夜」、「雪明かりの町」、「漁火恋歌」、「京のにわか雨」と、


日本抒情歌謡シリーズの歌が


立て続けにヒットしましたが、


極めつけの歌は、やはり、


「瀬戸の花嫁」でしょう。


この作詞は、「翼をください」の山上路夫でした。


詞の良さも手伝って、大ヒットになりました。


小柳ルミ子は第一線の歌手になりました。



だが、いい歌でしたが「十五夜の君」あたりから、あきられ失速しました。



その後、起死回生にヒットが出ました。


「星の砂」が大ヒットしました。


その歌は、作詞を、なんと関口宏が書いたのです。


(当時、関口宏は俳優から司会業に転身、懐かしの「クイズ百人に聞きました」では、


肩肘付いた司会ぶりが大柄だと騒がれましたが、高視聴率で長く続きました。このワクは


今の「東京フレンドパーク」につながっているのです。凄いですね~。)


横道にそれましたが、横道ついでに、


この曲の作曲者は・・・


これまた、なんと、


ヒデとロザンナの


今は亡き、出門英でした。


いい曲でした。



またまた、その後、


杉本真人作詞作曲による「お久しぶりね」、「今さらジロー」でもヒットを飛ばしました。


ちなみに、杉本真人は、最近では、「吾亦紅」の大ヒットで紅白にも出演。頑張ってます。



映画にも出演しました。


東映の「白蛇抄」で大胆なヌードを披露し話題にもなり、ヒットしました。


日本アカデミー賞の女優賞にも輝きました。



結婚は年下のダンサー、大隅賢哉としましたが、


ご存じのような、条件付きの別れ方をしました。


その条件が、1億円分割払いとか、どうとか、


あまりにも、大物歌手としては、いさぎよさが無くて、


興ざめするハメになりました。



その後は、人気も下降線をたどり、


こんにちの小柳ルミ子に至っています。





*余談:川中美幸の代表曲でもある、「遣らずの雨」。


この曲は、小柳ルミ子の初期のアルバムからのカバー曲でもあります。


【 2009/11/26 (Thu) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:西城秀樹





西城秀樹。


広島県に生まれ、家業はパチンコ屋さんでした。


デビュー曲は「恋する季節」。


期待に反して、ビックリするぐらいパッとせず、


やっと、「情熱の嵐」で、小ヒットしました。


そして、♪やめろと言われても・・・「ヒデキ!」の合いの手の掛け声が話題になった


「激しい恋」で、


一躍、アイドルに躍り出ました。


ここに、ひろみ、五郎、秀樹の新御三家が誕生しました。


ただし、一時期、「青い麦」の伊丹幸生がナベプロの力もあって、


四天王と呼ばれた時期もありました。



西城秀樹はをもっと、大きくしたのは、「傷だらけのローラ」です。


♪ロ~ラ、ロ~ラ!シャウトする秀樹に、ファンは興奮のるつぼとかしました。


さらに、「ちぎれた愛」では、大人への歌の階段をあがり、


大ブレイクさせたのは、


世の中を、話題席巻した


「YMCA」です。


いや、邦題は「ヤングマン」です。


アメリカポップスのホモ的歌を日本語詞をつけたのです。


♪素晴らしい、YMCA・・・"Y”、”M”、”C”、”A”と


手を上にかざし、アルファベットを作るのが大流行しました。


歌番組の「ザ・ベストテン」でも大盛り上りです。


星条旗をモチーフの衣装が印象的でした。


ここで、確固たる地位を築いた秀樹ですが、


忘れてならないのは、


♪ハウスバ~モンドカレーだよ~


「ヒデキ、カンゲキ!」が流行しました。


CMもブレイクし、秀樹黄金期です。



その後もアダルト路線に移り、阿久悠作詞が増え、


「ブーツをぬいで朝食を」、「炎」、「若い勇者たち」などがあり、


私、個人的には、「ブルースカイブルー」が名曲だと思っています。




そして、所属事務所、芸映から、個人事務所を立ち上げ、


最初にヒットしたのは、


男のアソコの毛を歌った言われる、「ギャランドゥ」です。


この歌は、「ダンシングオールナイト」のもんたよしのりが作りました。




安定期を迎えましたが


後年、韓国公演の途中、脳梗塞で倒れました。


当時、やけぱっちにもなったそうですが、


きびしいリハリビのおかげや、結婚したばかりの奥さんや子供に勇気づけられ


見事に芸能界に復帰しました。


ただ、ライブでは、バラードをメインに歌って、体調をかばっているそうです。



また、秀樹の新境地の歌での


ヒットを期待したいものです。




余談:有名な話ですが、秀樹が若かりし頃、遅刻して挨拶がしなかったとかで、


あの和田アキ子と、殴り合いの喧嘩をしたという武勇伝が残っています。
【 2009/11/26 (Thu) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:野口五郎






野口五郎。


名前の由来はアルプスの”野口五郎岳”からきてます。


えらいことです。



デビュー曲は、「博多みれん」。


演歌である。


これが鳴かず飛ばずさっぱり。


♪恋を拾って・・・・・いつも泣くのは女だけ・・・


ガキに演歌はきつい。


いい歌でしたが、売れませんでした。



そこで、


第二弾は、「青いリンゴ」。


「ブルーライトヨコハマ」の橋本淳、筒美京平のヒットメーカーコンビです。


さっそく、ラジオから火が付き、大ヒット!


♪青いリンゴを抱きしめても 思いでさえ帰らない・・・


名曲です。


これをきっかけに、スターダムに登りつめます。


「オレンジの雨」とか、中途半端な歌も多いですが、


「甘い生活」で、大人への歌の新境地を開き


実兄に作曲してもらった、「私鉄沿線」が、


野口五郎の存在を確固たるものにしました。


独特のビプラート歌唱法は、聞く側に食傷気味にもなりました。


「君が美しすぎて」、「針葉樹」もありました。


物マネのコロッケにデフォルメされた物マネは格好の餌食でした。


鼻くそほじくりながら歌う様は、本人はやってはいませんが


いかにものようでした。


段々と鳴りをひそめ・・・


後々に、「19:00時の街」の小ヒットが最後のヒットとなりました。




三井ゆりと結婚後は、


モノマネのCDを作成したり、ドラマ、映画にも出たり、


独自の活動もしたり、


ギター奏者でもあります。




野口五郎は、図太く、


息づいていくことでしょう。
【 2009/11/26 (Thu) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)

アイドル列伝:郷ひろみ




アイドルといえば、



御三家から入ろう。


といえば、


橋幸夫、舟木和夫、西郷輝彦・・・




いやいや、


せめて、


郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹から、はいりましょう。


男からです。


う~ん、南沙織から始めたかったけど・・・・




まずは、郷ひろみ。


本名原武裕美、ジャニーズ出身です。


デビュー曲は、あの越路吹雪のマネジャーでもあり、加山雄三などの作詞も手掛けた


岩谷時子作詞の「男の子女の子」です。作曲は押しも押されぬ、歌謡界の作曲家の大御所、


筒美京平。


ジャニーーズ一押しの大々的なデビューもあり、甘いマスクもあり、


いきなり、話題性だけはブレイク。ただ、曲は、あまり売れなかった。


そこを、踏ん張って、大ブレイクしたのは「よろしく哀愁」。


安井かずみの詞の良さもあり、


一皮むけた郷ひろみの誕生でした。


その後は、「お嫁サンバ」という、当時、郷自身もいぶかしげで


「え~っ!」というようタイトルといい、歌詞も♪あわてないでお嫁サンバ・・・


絶大なるアイドルに、この歌詞です。


郷もやぶれかぶれで歌ったそうです。


それがそれが、ミスマッチというか、どんでん返しというか、


大ヒットに至りました。


今でも、カラオケでも歌われる上位です。



郷ひろみは、ジャニーズでは、それまでは、フォーリーブスが陣取っていましたが


帝王に君臨しました。




何年か後には、移籍騒動が勃発。


バーニングプロに移籍しました。


ジャニーズを蹴って、バーニング(細川たかし、小泉今日子など所属)に行くのは


かなり勇気のいることですが、・・・


お金の問題と郷の父親の存在が取りた沙汰されていました。




その後、ヒット曲や、テレビドラマ、「ムー一族」での活躍もあり、



二谷英明、白川由実の娘の二谷友里恵との結婚、離婚、


自宅に女を連れ込んでいたことが、元妻の手記で暴露されダメージを受けました。


鳴かずと飛ばずの時もありましたが、


高須クリニックの成果?もあり、


♪あっちち~・・・で、また再度ブレイクしました。



今でも、何かの特番音楽ではスペシャルゲストで、♪ジャパ~ンと叫んだりの


ショータイムを盛り上げています。


まだ、アイドルしているのですから、


典型的な芸能人のお手本です。

【 2009/11/26 (Thu) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)


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