至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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作曲家列「都倉俊一」



都倉俊一。


都倉といえば、何と言っても、ピンクレディー。


だが、このスターの輩出の前に伏線があった。


山本リンダだ。


このリンダをイメチェンをさせたのが、作詞家阿久悠と都倉である。


「困っちゃうな」等のおとなしめなイメージから一転、


過激なリンダへ。


それが、「どうにもとまらない」です。



おへそを丸出し、腰をひねりながらの激しいダンスビートの曲。


歌謡界、青天の霹靂。


おとなしめの時代、ここまでやるかに皆、驚きましたが、


都倉ポップスの原点とも言えます。


その後、「狙いうち」、「ジンジンさせて」と、


リンダは踊りまくりました。



新たな歌謡曲の幕開けです。



このダンスと歌の融合の原点狩あり、それをアイドル化したのが


ピンクレディー誕生。



日テレの“スター誕生”から生まれたアイドルですが、


当初はフォークデュオなコンビでしたが、スタッフは打って出ます。


“ペッパー警部”です。土井肇の振り付けが奇をてらい独創的で


画期的な女の子に又開きなどのセクシーポーズにファンは悩殺されました。



次作の「渚のシンドバット」がヒットし、


「UFO」、「SOS」、「サウスポー」、「ウォンテッド」、「透明人間」、


「モンスター」、「カメレオンアーミー」等で、


ちびっ子から大人までダンスを真似し、


国民的アイドルになりました。



都倉俊一の曲調をいかんなく発揮しました。



この勢いをかって、フィンガー5も誕生させました。


「個人授業」が大ヒットしました。



晃のボーカル、妹トモコの愛らしさもあり、このジャクソン5を


真似た沖縄の兄弟グループは飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、


アキラの声変わりにより人気も消滅しました。




ここで、伝説の歌手を誕生させました。



山口百恵です。


デビュー曲は「としごろ」という、いかにもアイドルアイドルでしたが、


これには大失敗。



そこで、「青い果実」という、


♪あなたが望むなら何をされてもいいの・・♪という過激な


千家和也の作詞が受け、ヒット。続いて、「禁じられた遊び」、


さらに大ヒットした「ひと夏の経験」もその路線をたどり、



百恵のドラマデビューの「赤いシリーズ」に合わせて、


しっとりバラード「冬の色」、「湖の決心」もあります、



余談ですが、百恵の大ブレイクは阿木・宇崎夫婦コンビが

手掛けてからが百恵の真骨頂でしたが・・・。



でも、きっかけをつくったのは、まぎれもなく都倉。




ここまで来るにも、たくさんのヒット曲があります。


初めてのヒット曲、中山千夏の「あなたの心に」があります。


これはフオーク系で、染み入るようなやさしいメロディ。


大ヒットにつながりました。



井上順の「昨日今日明日」などのテンポは、


ピンクレディーの曲想の始まり、


元妻の大信田礼子にブームを巻き起こした


上村一生の劇画(懐かしい響き)「同棲時代」の映画化の主題歌を。


これもヒット。



ジャニーズの先駆け、フォーリーブスの「地球はひとつ」は


作詞がメンバーの北公次が手掛け、


阿久悠作詞の「ブルドッグ」で、♪にっちもさっちもどうにもブルドッグ♪の


新体操のようにロープを使用しての振り付けは斬新で話題に。


この曲は、今もジャニーズで歌われています。



おっと、


狩人がいます。



「あずさ2号」は兄弟デュオのハーモニー。造語ながら歌謡ポップス演歌?

♪8時ちょうどのあずさ2号で 私は私はあなたから旅立ちま~す・・・♪



あの和田アキ子にも提供「天使になれない」は、隠れた名曲です。




当然、アイドルにも提供。


太川陽介、レッゴーヤングでおなじみ、「RUI-RUI」、♪ルイルイ!♪


柏原芳恵のビュー曲、「NO.1」、


倉田まり子の「グラジェーション」、


桑田知子の「わたしのハートはストップモーション」は印象的。



渋谷哲平は「DEEP」、♪ディープ、青い海・・・♪


岡田菜々に「ひとりごと」、「女学生」、


郷ひろみに、「バイブレーション」、


RAZYに「赤ずきんちゃん御用心」、


南野陽子には初々しい「恥ずかしすぎて」があります。




渋めのところで、


ペドロ&カプリシャス。


新ボーカルに高橋真利子を迎え、「ジョニィへの伝言」が大ヒット。


次作の「五番街のマリー」といい、連続物語のように、


外国風のしゃれた曲、阿久悠の詞とともに、


歌謡界の新ジャンルの曲となりました。



また、そのラインで、麻生よう子の「逃避行」というのもあります。


千家和也の作詞の素晴らしさ、気高い曲は玄人好みでした。

♪あの人から 言われたのよ・・・午前五時に駅で待つと・・・♪



多岐わたるジャンルをこなし、


都倉俊一は後世に残る作曲家のひとりです。
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【 2013/05/16 (Thu) 】 作曲家列伝 | TB(0) | CM(1)
大変残念な方 都倉俊一さん
拝啓 この素晴らしい機会を与えて頂いたサイト様に感謝いたします。
この「都倉俊一さん」自分にとって、物凄く残念無念な方なのです。それは、これだけ「名作曲家 メロディーメーカーでありながら、アレンジ編曲が、何と言いますか、、、全然駄目?」なのですねぇ。本当に悲しく残念です。都倉俊一さんがデビューされたのが自分が中学生の頃、とにかく長身スタイリングの良さにイケメンと。メロディーラインも「リンダの各曲始め、井上順の涙、昨日今日明日」等は最高でした。こんな良い曲を創るのに、、、どういう理由かこういう人に限って「アレンジもご自分でやりたがる」のですね。つまり「筒見京平さんに通ずる点=アレンジもやりたがるがその出来不出来の差が大きすぎて、面食らってしまう」と。特に都倉さんの場合は、実は大半のアレンジが残念なのです。少なくても自分はそう感じましたね。特に「ジョニーへの伝言、感情線、従姉妹どおし、人魚の夏、高田みずえの一連の作、としごろ」等などは、かなりの大変な名曲なのに、アレンジが弱いためにどうにも面倒見切れない作品に成り下がってしまっている事。此処で、誰の判断か?プロデューサーやディレクターの人選ミスなのか? ある意味「他人に任せる」と言う勇気を持って欲しかったと。実際に「山口百恵のとしごろ以降、全てのアレンジは馬飼野康二氏に一任」されました。これは実に賢明な判断で、大正解でした。都倉俊一さんご自身のアレンジでは絶対に成功しなかった」と。分析しますとまず「楽器の使用法に疑問点が多い」事。また各楽器間のハーモニー、和音の組み合わせが多分に疑問、ベースラインの動きも何故か?の部分が多く、「嗚呼っ別の専門アレンジャーならもっともっと良い曲になったのに」と残念です。結論は「歌の良さにアレンジが完全に負けてしまっている一番悪い例」なのですね。若い方なのに電子楽器の使用がとんと無かった?のも特筆で、これは珍しいなと。リサーチしますと「4才からのバイオリンレッスン、ドイツでの音楽基礎教育」とありますが、おそらくは人並み以上の音楽教育は受けておられたはず。どうもここらへんは最終的には「センスの問題」なのかもしれませんね。但し後に「都倉俊一グランドオーケストラ」を組織して、アレンジや指揮をされましたが、此の中で「ワルキューレ等数曲のクラシックの焼き直し」等を聴けば、意外と良いサウンドを出しているのに、事がピンクレディーの曲になると全然駄目、、とか何か非常に残念なメロディーメーカーの大家として、記憶に残ります。また「指揮姿」ももっと格好良いかと思えば、何か長洲忠彦の方が良かったかな?程度なのが残念でした。しかしメロディーメーカーとしては大好きな方でした。   敬具
【 2017/09/26 】 編集
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