至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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作曲家列伝「馬飼野康二&俊一」



馬飼野康ニ。


兄に馬飼野俊一。



兄弟揃って、ヒットメーカーは珍しい。




特に弟の康二は凄い。



代表曲のひとつに、今でも歌い継がれる松崎しげるの


「愛のメモリー」がある。


これは、当初、期待されず、松崎が海外での音楽賞を受賞し凱旋し


これが、きっかけで一躍、日本でのブレイクとなった。


松崎の声量ある歌声、抜群のメロディは、今でも新鮮です。


松崎の顔の黒さとこの曲は、名刺です。




80年代アイドルも席巻。


西條秀樹の「激しい恋」、「ちぎれた愛」、「傷だらけのローラ」を


シャウトするヒデキにファンは熱狂。


そして、ヒデキには、後世に残る名曲があるます。


阿久悠作詞の「ブルースカイブルー」です。


サビが2つある、とても壮大で爽快なメロディです。


高らかに歌う西條秀樹の歌唱力を発揮した曲です。


ファンなら、一押しでしょう。


この曲こそ、馬飼野康二の世界です。




その後のアイドルには、河合奈保子に「スマイル・フォー・ミー」、


榊原郁恵には、「いとしのロビンフッドさま」、


岩崎宏美に、幽霊声が入っているという噂の「万華鏡」、


石野真子に「ワンダーブギ」を。



小泉今日子には、「艶姿ナミダ娘」、「渚のはいから人形」も


大いに受けました。ここにキョンキョンありです。




ジャニーズでは、フォーリーブスに「ふたりの問題」がきっかけで、


近藤真彦には、「ケジメなさい」、「夕焼けの歌」、


男闘呼組の唯一のヒット、「TIME ZONE」等があり、


この流れで、次から次へと、ジャニーズに関わっていきます。





少年隊、SAMP、光GENJI、キンキ、嵐、KAT-TUN、関ジャニ、タッキー、NEWS、


テゴマス、Hey!Say!JUMPなど・・・・ジャニーズの歴史を飾る。


御年65歳。現在も真っ只中の活躍。驚異です。


きっと、ジャニー喜多川氏に、絶大なる信頼を得ているのですネ。


凄いです。



意外な作品をあります。


武田鉄矢と芦川よしみのデユェット曲、「男と女のラブゲーム」です。



とにかく、


馬飼野康二、今日に至って、パワーある作曲家です。


80年代から~2013年にわたり、一線です。


驚愕です。



今度は、兄の紹介です。


馬飼野俊一。

この方は、作曲よりも、編曲家として有名です。


アグネス・チャン、天地真理、クルールファイブ、加藤登紀子、


北原ミレイ、森進一など、ほぼモーラし、




唯一の作曲は、チェリッシュの結婚ソングの定番


「てんとう虫のサンバ」が有名です。


また、「白いギター」も名曲です。




野口五郎に「君が美しすぎて」もありますが、



編曲家としての顔が一番です。



馬飼野康二、俊一。



兄弟揃っての活躍。


この世界観は独特です。
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【 2013/05/18 (Sat) 】 作曲家列伝 | TB(0) | CM(1)
お懐かしい名前に感激しました。
拝啓 素晴らしいサイト様との出会いに感謝を。自分の様に幼稚園からクラシック漬けの生意気な小僧が、中学生時代に初めて出会った「J-POP=当時は和製ポップス」と呼ばれていた当時、最も早く出会い一番勉強させて頂いたコンポーザー&アレンジャーが「馬飼野俊一さん」でした。当時の記憶では
天地真理のちいさな恋が最初ではと。舎弟の「康二さん」を知ったのは高校生になってからで、どちらかと言えば「アレンジャーとしての実力は俊一さん、コンポーザーとしては康二さんが上」と。自分がまず勉強させて頂いたのは「俊一さんの場合、イントロダクションの見事さと、ベースラインの動き、そして各種楽器の組み合わせ方」でした。当時のサウンドは「生ギターのバッキングにトライアングルの同期」で、例えば16分音符のミュート奏法で規則的にオープンとクローズを繰り返す奏法」等が流行でした。またブラスセクションの使い方=やたらとハーモニー和音を使い響かせるのでは無く、単音モノフォニックの良さってぇのも教わりました。また「チェリッシュの若草の髪飾り等では、ブロックフローテ、リコーダーのハーモニーや、一箇所だけ鳴るチューブラベル」等良かったですよ。また当時「アナログシンセ等の新しい電子楽器の登場」で、例えば「一聴大正琴?に聴こえる様な音のする楽器=後に判明エレクトリックリードギターにエフェクトをかけた音」や「エレクトリックピアノ=電気ピアノの多用」等も印象に残ります。またセットドラムスの使用も細かくて勉強になりました。また弦/ストリングスの使い方も絶妙で、石狩挽歌などは物凄いと思いましたね。 対して「康二さんは、もちろんアレンジャーとしても例えば、布施明の甘い十字架」等は本当に凄かった、、この場合、バッキングに薄く流れるレスリーかけたハモンドやラテンパーカッションが絶妙で、弦の使い方も絶妙な部分で鳴らせる技術は素晴らしいなと。確かに作曲家としての功績の大きさはどうも康二さんの方に軍配が上がりますが、自分としてはアレンジャーとしての方が興味関心があり、この点俊一さんですね。自分は当時から「自分の好きな尊敬する方が、どういう師匠にどういう勉強を教わったのか?」に凄く興味があります。師匠の斉藤恒夫さんと言う方はほとんど知らず興味関心もありませんが、おそらくは確かなテクを習われたのでしょう。此処に「全てが独学で学んだ人との決定的な相違」があります。つまり独学の人は「必ず怪しい部分?」がありますね。しかしこの怪しい部分が在る意味「伊福部昭氏や武満徹氏」等の異端の天才を産む事もありますが、、、こういう事はまず奇跡に近い。やはり音楽、特に技術を要するアレンジと言う作業には、基礎的な学問、音楽理論は絶対です。この点を解っていたのが康二さんでしたね。しっかり音楽学校行かれて。当時のクラシック一辺倒の自分には、物凄く勉強になりました。何かの機会にぜひ「馬飼野先生ブラザース」にお会いして、感謝の気持ちを述べたいと思います。今回、このサイト様との出会いを感謝いたします。 敬具
【 2017/09/26 】 編集
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