至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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作詞家列伝:橋本淳に感謝を込めて!再度!



作詞家、橋本淳。


今回は、とことん、書きます。ディープに書きます。


この人を知ったきっかけは、

初めての買ったレコードが(当時ドーナッツ版シングル、懐かしい)

グループサウンズのオックスのデビュー曲、

「ガールフレンド」でした。

♪僕の可愛い 友達は (マイガール マイガール) 
 白いテラスに 囲まれた 夢のお城に 住んでいる
 星よ 星よ どうして早く 眠らないの 水色の朝日は
 とても とても 冷たいよ・・・♪


その作詞が、橋本淳。

で、作曲が後に日本最強のゴーデンコンビと呼ばれた筒美京平。

今や語り草の伝説のコンビです。


当時、中学生。

その時は、ただ、初めてのレコードという愛着もあり

“ほ~、作詞が、橋本淳ね、

作曲が、筒美京平か・・・“だけの認識。”



この曲は、グループサウンズブームもあり、

「ガールフレンド」の甘い歌詞とメロディに、この曲は大ヒット!


オックスのその後の大活躍は周知のとおりですが、

コンサートでのファンの失神騒ぎで世間を騒がせました。

それに臆せず、次作はポップな「ダンシングセブンティーン」と来る。
(当時としては、かっこいいタイトルでした)


その後、また甘く切なく「スワンの涙」の大ヒットにつながります!

♪君の素敵な ブラックコート 二人で歩く坂道に 
こぼれるような 鐘の音 誰も知らない 二人の午後は 
港が見える教会の 小さなお庭で お話しましょう
いつか君が 見たい云った 遠い北国の湖に 悲しい姿 スワンの涙♪

ボーカルの野口ヒデトのセリフも魅了しました・・・。
(キーボードの赤松愛も大人気でした・・・)


この詞の甘さは橋本淳独特の世界観。

でも、それだけで、橋本淳に魅了されたのではなく、

不思議な感覚で、

それ以後は、つい、何となくなのですが・・・

橋本淳の作詞の曲を探し出すほどに・・・


当時、月刊平凡、月刊明星の2大アイドル月刊誌があり、

私は、月刊平凡派で、

毎月買っては、お目当ては、もちろん歌本です。


これには月毎に新曲が満載です。

真っ先に、橋本淳の作詞の歌を探し出します。


まあ、そこからは、熱狂的な橋本淳ファンです。

理由のないファンですから、おかしなものです。

ねぇ?


その橋本氏ですが、

生い立ちをさかのぼれば、彼は、「野ゆき山ゆき」等の児童文学者、

与田準一の息子ということです。

DNAは素晴らしい。


青山学院の大学生時代に、作曲家、すぎやまこういちを師事し、

弟子入り、それが、きっかけで、後に、すぎやまこういちと共に

後に、ザ・タイガースのヒットをほとんど手掛けました。


また大学時代の後輩が、筒美京平です。

類は友を呼ぶ、素晴らしい縁です。


さてさて、そのザ・タイガースに触れる前に、何と言っても、

橋本淳の代名詞となった、彼の出世作があります。



それは、ブルーコメッツのレコード大賞に輝く大ヒット曲、

「ブルーシャトゥ」です。



ブルコメの「青い瞳」、「青い渚」の青シリーズの小ヒットを経て、

この「ブルーシャトゥ」の国民的なヒットとなりました。

♪森と泉に 囲まれて 静かに眠る ブルーブルー ブルーシャトゥ 
あなたが僕を 待っている 暗くて淋しい ブールブルー ブルーシャトゥ
きっあなたは 紅いバラの バラの香りが 苦しくて
涙をそっと 流すでしょう 
夜霧のガウンに包まれて・・・♪


その国民的というのは、あの時代、誰もが、口ずさんだ

あの歌の替え歌です。


♪森、とんかつ、泉 ニンニク、囲まれ テンドン・・・♪と

橋本淳の詞が替え歌になったのです。


これは過去にも現在でも例をみません。


それぐらい、この歌は、皆に慕われたヒット曲になり、

橋本淳は不動の作詞家となり、飛躍の年になりました。



その“ブルー”の色の運にあやかって、

橋本は、いしだあゆみに「ブルーライトヨコハマ」を提供。


その前に「太陽が泣いている」が小ヒットしましたが、

次作の「ふたりだけの城」は無残な結果に終わり、


この曲が起死回生です。

「ブルーライトヨコハマ」は、曲先行で、締め切りギリギリながら、

ディレクターのやいのやいの催促の中、横浜で、書き上げた詞です。

♪街のあかりが とてもきれいにヨコハマ ブルーライトヨコハマ・・・

・・・歩いても 歩いても 小舟のように 

ゆれて 私は ゆれて私は腕の中・・・♪

これも空前の大ヒットになり、まさに“ブルー”さまさま。


いしだには、後に「砂漠のような東京で」があり、

意味深なタイトルもいいです。

売れなかった「さすらいの天使」、「絵本の中で」は、

ファンに支持されています。



またまた、ブルーコメッツに戻りましょう。

「ブルーシャトゥ」の後も、

グループの井上忠夫(後、改名:井上大輔)と連打しました。

「こころの虹」、「北国のふたり」、「草原の輝き」と・・・・。


しばらくして少し低迷しましたが、筒美とのコンビで、

「さよならのあとで」でのムード歌謡の新たなチャレンジの

曲調が受け、また、メインボーカルが三原綱木というのも成功、

井上忠夫の最後のセリフも受け、大ヒットしました。


その次に、今度はグループの三原綱木の作曲で

「雨の赤坂」を出しました。

これが、予想以上にいい曲ながら、全然売れませんでした。


後、演歌の角川博がカヴァーしましたが、

やはり売れませんでした。

知る人ぞ知る、名曲です。一度、お聴きください。


三原綱木が出ましたので、ついでながら、

彼がグループ脱退後、嫁になった田代みどりと組んで、

つなき&みどりで「愛の挽歌」は筒美の曲で、そこそこ売れました。

ポップでしゃれた曲調は大人受けでした。



もう一度、

グループサウンズに戻しましょう。

時代が前後しますがお許しください。


時系列ではなく、流れ的な文章は、

熱い橋本淳ファンを自負ながら物語ります。

そうです。


タイガースを書きましょう。


デビューの「僕のマリー」は、

期待に反して売れませんでした。

このタイトルに橋本淳ワールド全開の始まりを感じますが・・・。

そこで、ポップに

「シーサイド・バウンド」(お~、橋本ならではのタイトル)です。

♪踊りに行こうよ 青い海のもとへ ゴーバンド!♪


これが、ブレイクの始まり。売れました。


次作は、しっとりバラードの「マナリザの微笑」も受け、

♪雨がしとしと 日曜日 僕はひとりで・・・♪


そして、「君だけに愛を」が、ジュリーの振り付けの

GSおなじみ四角マイクを握り、人差し指を差し出し、

♪君だけに 君だけに・・・♪と、テレビからシャウトするジュリー!

そんな、かっこいい!ジュリーにファンは大熱狂!

大ヒットしました。


まさに、橋本淳の真骨頂。


タイガースは、グループサウンズの頂点に達する!

そこで満を持して勝負に出ました。


次作は、な、なんと、カップリング曲の誕生。

これが、歌謡界、初めての強力カップリングの誕生。


それは、「銀河のロマンス」と「花の首飾り」。


前者は、橋本淳ならではのタイトル、これぞ、GSタイトルの最高峰。

曲もすぎやまこういちこそのメロディアスさ。甘く切なく。

後者の「花の首飾り」の極めつけ曲は、

残念ながら、橋本の詞ではなく、

アイドル誌「月刊平凡」の作詞募集から選ばれた1篇。

これは、補作に作詞家のなかにし礼が手直しました。

これ、またいいメロディ。


その上、グループ初のボーカルの大役の愛称トッポこと

加橋かつみの透き通る声が♪花咲く 娘たちは・・・♪にうっとり。

これが大ヒット!


この2曲は史上最高のカップリング!


橋本の「銀河のロマンス」はちょっと影が薄くはなったが、

私は、この曲こそ、

GSの代名詞の曲ではなかろうかと思います。

♪銀河に浮かべた 白い小舟 あなたと訪ねた 夢の故郷

シルビマイラブ・・・シャラララ シルビーマイラブ マイラ~ブ・・・♪


他のグループサウンズにも提供しました。

ヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」です。

♪バラ色の雲と 思い出をだいて・・・♪

これは、筒美の曲、編曲といい、大ヒット。


その勢いで、今度はタイガースとのすぎやまこういちのコンビで

「亜麻色の髪の乙女」です。

♪亜麻色の長い髪を 風がやさしく包む・・・♪


後に、島谷ひとみでのカヴァーで知られましたが、

この曲こそ、タイトルといい、橋本淳、そのもの。


また、ヴィレッジ・シンガースのB面の中に、

「落葉とくちづけ」がある。

これも、まさに橋本こそのタイトル。


落葉といえば、タイガースのB面で

「落葉の物語」という名曲の流れでもあるが、

歌詞に、♪長いショコラーテ♪とある、この外国かぶれ感がいい。


ゴールデンカップスの「長い髪の少女」も彼です。

♪長い髪の少女 孤独な瞳 後姿 悲しい 恋の終わり

どうぞ 僕だけに 心打ち明けて どうぞ 聞かせてね 愛の物語♪

作曲は、「恋の奴隷」でブレイクした鈴木邦彦です。


ボーカル、リズム&ブルース声のディブ平尾と

ドラムのマモル・マヌーの甘い声とあいまって、

魅了しました。大ヒット!です。


GSの中では、

あまりヒットしませんでしたが、

ザ・スパイダースの「真珠の涙」があります。


ザ・ジャガーズには「マドマゼルブルース」もあります。

マドマゼル マドマゼル ブルースよ・・♪

どうですか!“マドマゼル”ですよ!


いいじゃないですか、上手いです。


GSの中に、意外にも、内田裕也がいたフラワーズに

「フラワーボーイ」という小ヒットは

知る人ぞ知る歌です。


ここまで書いて、

GSの中にシャープ・ホークス(あの安岡力也がいた!)の

「遠い渚」があります。

サビの♪遠~い 遠~い 渚に 捨てよう・・♪

これぞ、橋本にとっても

忘れられない思い入れの伝説の名曲です。

グループサウンズがまだ認知されない中の初期の作品、

作曲は師匠の、あのすぎやまこういちです。


橋本淳のDNA的な作品です。


そう、「遠い渚」は橋本淳の原点ですかネ。


GSの立役者は、橋本淳に尽きると思います。



その時代には、たくさんの女性歌手にも提供。

いしだあゆみ以外にも、

弘田三枝子の「渚のうわさ」等があります。

弘田が「人形の家(作詞なかにし礼)」のブレイク前の名曲です。


奥村チヨには、ベンチャーズの曲に、橋本が詞をつけたのが

「北国の青い空」があります。

これは、売れました。

ただ、次作で、筒美とのコンビの「涙いろの恋」は

さっぱり売れませんでしたが、

これまた、いい曲です。

その後、奥村チヨは、なかにし礼の作詞で、

♪あなた好みの女になりた~い♪の歌詞が

世間の物議をかもした「恋の奴隷」が生まれました。


不思議に、橋本淳となかにし礼との接点があります。


まだ、売れてない頃のなかにし礼には

ザ・タイガーズ「花の首飾り」の補作詞の依頼といい、

弘田三枝子、奥村チヨといい、

いしだあゆみは、「喧嘩のあとでくちづけを」、「あなたならどうする」の

なかにしの詞があります。


ブルーコメッツも、「それはキッスで始まった」、「海辺の石段」と。

ザ・タイガースは「美しき愛の掟」もあります。


想像ですが、

橋本淳が、なかにし礼の詞の才能に

バックアップ、信頼を置いていたのではないのでしょうか・・・。

いいライバルでありながらも・・・。

なかにし礼を一目置いていたのでは?


横道それました。


本題に戻しましょう。


ジュディオングの「涙のドレス」も筒美コンビで小ヒット。


小川知子の「愛こそいちずに」、
♪あなたのために 命を命を 私は湖に 投げることも 出来るのかしら
 あなたのために この手でこの手で 生きている心を 赤く染めて
 すがりつきたいの だから一度だけ 可愛い女だと 引き寄せて
 一途な私を 抱きしめて欲しいの♪

そして、B面「ボンジュール涙」もいい。

この玄人受けの作品は、橋本淳、筒美コンビの

凄さをまざまざ見せつけます。


あまりヒットしなかった曲に高田恭子の「河を野菊が」があります。

地味でしたが、年を経て、味わいある曲だと認識しました。


渚ゆう子には「雨の日のブルース」。

これは、私、当時、桑名のレコード店で、

たまたま渚ゆう子が全国宣伝(昔は、定番)で歌を披露し、

サイン会の即売会で買ってしまったのです。

いい曲です。もちろん、これも筒美が曲です。



そんな曲は、多々あり、

西田佐知子の「くれないホテル」。

♪くれない くれない 誰が名付けた くれないホテル・・・♪

ラブホテルに今日も哀れな女の姿を描いていました。


筒美の曲のセンス、詞といい、大人の歌です。

今更ですが、この曲は、とてもとても、心に沁みます・・・。



ここまで書いて、

当然、歐陽菲菲の「雨のエアポート」は、

サウンドの厚みが良く、今、聞いても、新鮮です。


その菲菲には、冒険的に、いろんな曲調を多用し、

「恋の追跡」、「恋の十字路」等のポップな挑戦をさせました。


その流れを汲んで、

極めつけは、橋本・筒美コンビの秘蔵っ子歌手を誕生させました。


そうです!


平山三紀です。


「真夏の出来事」は、橋本の得意ジャンルパターンの歌詞と共に

曲といい、大ヒット!

♪彼の車に乗って 真夏の海を 走り続けた
 彼の車に乗って さいはての町 私は着いた 
 悲しい出来事が 起こらないように 祈りの気持ちを込めて 
 見つめ合う二人を 朝の冷たい海は 鏡のようにうつしていた・・・♪


三紀のハスキーな声と、メロディ、

どれひとっとっても、ベストな曲です。


また、デビュー曲「ビューティフル・ヨコハマ」の歌詞に、

みんな、男友達は、ヨコハマでダンスなど、遊びにあけ暮れているが、

彼は、港で海を見つめている・・・そんな純な彼。

その人のために、自分の髪も

♪黒く染めたの 安心してね  ララララ ラララ~ 

ビューティフルなお話ね・・・♪と、


けなげな女の姿をさらりと書いている。

あの時代にはない歌詞の新鮮さがありました。

平山三紀は、橋本、筒美コンビに可愛がられ、その後も

「フレンズ」など、ほとんど橋本の手に委ねられました。

ただ、「真夏の出来事」のインパクトが強すぎて、

以後に、ヒットはありませんでした。

ただ、平山三紀は思う存分、歌謡界に新風をふかせました・・・。



では、ここで、

前記に記した、橋本淳、独特ワールド歌詞パターンに触れましょう。


1メロの歌詞は、

たとえば「渚のうわさ」は

♪あなたのいない渚は・・・♪の出だしを

何度も繰り返し、「涙のドレス」では、

♪素敵な人はこなかった♪を繰り返し、

「真夏の出来事」は、

♪彼の車に乗って♪を繰り返す等の

お覚えやすい歌詞が特徴で、自然と口ずさみやすい歌詞は戦略家。


この作詞パターンは、他の作詞家に真似されました。


そして、

ある曲に詞をつけたのが、「北国の青い空」。

一大旋風のベンチャーズの曲です。スマッシュヒット!


他に、仲雅美の「ポーリシュカポーレ」という、

ロシア民謡に詞をあて、これが業界の予想をあざわらい、

予想外の大ヒット!

♪緑もえる 草原をこえて 僕は行きたい 

あなたの花咲く 窓辺へと

雲流れる ロシアの大地に 二人の愛は・・・♪

驚きのヒットの後は、オリジナルを。

橋本の詞で、「君に愛す」、「山河遥かなり」等はヒットせずでした。

彼は、芸能界から、やがてフェードアウトしました。



色もん扱いでは、

日テレ、和田アキ子、デストロイヤー、当時局アナの徳光たちの

「噂のチャンネル」で、マギーミネンコがいました。(懐かしい!)

あのヒットした「燃えるブンブン」も、橋本です。


女優、いやアイドルには、若かりし頃の浅野ゆう子の

当時、大流行したディスコ曲「セクシー・バスストップ」があり、

その勢いで、次作の「ヘイヘイタクシー」もヒット。


また、テレビ番組“奥さまは16歳”でブレイクした

岡崎友紀の「黄色い船」、「私は忘れない」は、今も心に残ります。


コント55号時代、坂上二郎のデビュー曲「花物語」、

いい歌ながらヒットせず、


水谷豊主演の教師テレビドラマ「熱中時代」での子供が歌った、

「僕の先生はフィーバー」はヒットしました・・・。



おっと、おっと、

映画界では、

当時、大映で、清純派は関根恵子(高橋恵子)、お色気路線は、

渥美マリのデビュー曲は「可愛い悪魔」も彼の手によるものです。

これが、ヒットしたのです。

♪可愛い悪魔と 人は呼ぶけれど 男はみんな・・・♪と、

ねちねちの歌い方に殿方はぞっこんでした。


また意外にも、吉永小百合に、

すぎやまこういちコンビで、

「坂道のクラブ」という楽曲を提供しました。



アイドルに目を移しましょう。

フォー・リーブスには、「恋するジャック」、

「ふたりの問題」など提供しましたが、さっぱり、



しかし、新御三家の野口五郎は大当たりです。

デビューが演歌で失敗の起死回生に橋本、筒美コンビに託されのが、

「青いリンゴ」です。


“青“シリーズのひとつです。

♪青~い リンゴを 抱きしめても 思い出さえ 帰らな~い♪

涙 涙の海に 今・・・僕は深く 沈もう・・♪と、

大ヒット!


郷ひろみには、「誘われてフラメンコ」、

♪誘われてフラフラ 乱されてユラユラ・・・♪

スマッシュヒット!

バラードにも挑戦、「あなたがいたから僕がいた」です。

♪あなたがいたから僕がいた 心の支えを ありがとう・・・♪


このタイトルの流れで、

あの美樹克彦に「あなたが選んだ僕だから」につながります。

♪あなたが選んだ 僕だから かくせはしない 恋だから・・・♪


このような男性歌謡にも走り、

そこで、ムード歌謡全盛期のロスプリモスが

若干、下火になった時期に新たなムード歌謡、橋本・筒美コンビで

名曲「ヘッドライト」が誕生しました。

♪ヘッライトに 浮かんで消えて 女がひとり 歩いていた 

どこへ行くのと 男が聞けば 両手ににぎった 

指輪を見せて 私の彼が 見えないの・・・♪


女が恋にさまよい、男を探す哀れな女の姿を描く歌詞。

私が聞いたのは、当時、高校生か?

この歌の最後のフレーズ、

♪夜明けの中で 女がひとり フランス人形 抱いていた♪で

終わる歌詞にこれ、何???


何?これ、“フランス人形 抱いていた”?と、

不思議な違和感抱いたものだが、年をとり、久々に聴き、

わかりました、わかりました、そうですか、

要は、“フランス人形 抱いていた” の歌詞で、

男に捨てられ、気がふれてしまったと、

言い表したかったのだと、大人になってわかりました。


かなり余談めいた話になりましたが・・・


このヒットに気をよくし、橋本、筒美コンビは、ムード歌謡をさらに

今度は、橋幸夫の「京都 神戸 銀座」があります。

♪川の流れに せつない影を 浮かべて 恋は忍び寄る

あなたの好きな 東山・・・♪


当時、タイトルが斬新です。

シンプルながら、インパクト大です。

予想以上にヒット。

調子に乗って、次の新曲の歌詞は、海外に飛び出し、

「東京―パリ」を出すが、惨敗の顛末もあります。

飛び過ぎです。


この頃、ベテランの再生を依頼されるようになり、

三田明にも提供。

作曲は、三田の恩師、吉田正。

「涙と微笑み」ですが、気負いのある歌い方ながら、

さっぱりでした・・・。


日吉ミミが他の作詞家の「男と女のお話」のヒットの後を受け、

橋本に託され、「男と女の数え歌」でしたが、これもサッパリ、


また、大御所の島倉千代子には、筒美と「捧げる愛は」、

三木たかしと「美しきは女の旅路」も、

売れずの苦い過去もあります。


小柳ルミ子に「逢いたくて北国へ」を、

桜田淳子に「冬色の街」、

榊原郁恵に「私の先生」、和田アキ子に「孤独」と、

耳に残らない歌も多々あります。


意外なところでは、

あの“あのねのね”の強い依頼で、「愛の調べ」を出しましたが、

曲の良さに反して、売れませんでした。


でも、橋本淳は、自分のペースを貫きます。


演歌も挑戦しました。


それが、森進一の「望郷」です。

作曲は、もちろん、森進一の恩師、猪俣公章。


♪女心の 故郷は 忘れたはずの 男の胸よ
 爪をかむのは 誰のため しのび泣くのは 誰のため・・・♪

まさに、演歌。

これが、ヒット!


そして、遂に、

あの「恋のフーガ」等のポップスのザ・ピーナッツからの

演歌の依頼にはビックリ。

出来たのは、作曲に「今は幸せかい」、「喝采」で

おなじみ中村泰士と組み、「大阪の女」です。


♪まるで私を 責めるように 北野新地に 風が吹く

もっと尽くせば よかったの わがまま言って 困らせず・・・♪


どうですか、演歌です。


あの甘い詞で、歌謡界を席巻した橋本淳の新境地です。


演歌まで書いたのは、橋本淳、なかにし礼、阿久悠、山上路夫。


各ジャンルにも果敢に、また、さらりとこなすのも、

あの時代の作詞家たちの凄さです。



そろそろ、佳境に入りました。

やはり、ヒデ&ロザンナは橋本淳の要です。


ふたりのデビュー曲は、彼のではなく、「愛の奇跡」ですが、

これはB面でしたが、評判の良さに再度、A面にして、プッシュ!

みるみるうちに、あれよあれよの大ヒット!


そして、次作に白羽の矢が立ったのは、

橋本、筒美コンビです。


出したのは、二人の仲を噂するかのように、タイトルが、

「粋なうわさ」です。


売れました。

リズミカルで、ほのぼのとした曲調に、「愛の奇跡」にはない

メロディ。

そして3作目には、「愛の奇跡」を意識して、

「ローマの奇跡」を出します。

戦力的です。

これも、ヒット!


このB面に、「真夜中のボサ・ノバ」があります。

いい曲でした。

それが、40年近くの時を経て、2012年、

世界的に話題になった由紀さおりがカヴァーした曲、

アルバム「1969」の1曲に選ばれたのは、橋本、筒美コンビの

「ブルーライトヨコハマ」と、

この「真夜中のボサ・ノバ」だったのです。


当時、業界受けはしていたのですが、ボサノボでは、

ヒットは見込めずはわかりきっていたので、

橋本、筒美コンビは、平山三紀同様、B面でいい遊びをました。

この「真夜中のボサ・ノバ」がそのもの。


今になり、

日の目を見ることになり、

あらためて、橋本、筒美の偉大さを垣間見ます。


他のシングルのB面にも、「愛のひととき」など、

外国風味のおしゃれ感のある曲があり、

ヒデロザはのB面は、充実していました。


その後、ヒデロザは、

シングルでは、筒美との「二人の関係」のあと・・・

気分を変えて、

そこで、今度は、作曲に中村泰士を迎えます。

で、

これが、またまた「愛の奇跡」同様、B面にA面に急遽、

すり変わったのが、「愛は傷つきやすく」です。


この曲に関して、私の当時の思い出を書きます。

私は、前記にも記しましたが、月刊平凡の付録の歌本で毎月、

事前に橋本淳の作詞は全曲をチェックしていました。

ドリフターズの“全員集合”のコントの合間の歌入れで、

ヒデロザの出演に、新曲を歌うな、と思いつつ見ました。


タイトルが出て、ビックリ!

「愛は傷つきやすく」です。

そら、知らんな~!です。そら、B面扱いでしたから・・・

歌いだして・・・・

♪自由にあなたを 愛して 愛して 私は こんなに

傷ついた たとえば涙で 命を たてば・・・♪ときて、

歌の一部の“やさしい言葉”で、

ピンと来ました。


全部聞いて、確信しました。


橋本淳が使うフレーズがたくさん、入っていたからです。

これは、作詞は、橋本淳と!


“やさしい言葉”で、ハッと気づく。


これこそ、橋本淳のキーワードを語るには1番です。

みんながわかる言葉、小難しい言葉の多用ではなく、

誰もが理解できる単語を紡いできたのです。


それこそ、“やさしい言葉”の歌詞にあふれています。


やはり、児童文学者の与田準一氏の息子たる由縁です。

子供に伝える、やさしさを持ち合わせていたのです。


これは、とてもとても印象的な想い出で、

今でも鮮明で、忘れられない想い出です。


これが、ヒデロザの後にも先にも、最大のヒット曲になります。

その後も、橋本は、ヒデロザのほとんどを書きました。

とても、縁の深い関係でした。


このような付き合いの延長で、ロザンナの叔父
(当時、叔父はクラブでイタリア人仲間と歌謡コーラスグループを)に、

橋本、筒美で、「あれから君は」をプレゼント。

これが、いい歌でしたが・・・

最後の歌詞に、♪許せないほど 素晴らしい 君の昔の秘密は♪

“許せない秘密が素晴らしい”と讃える詞、

いいですネ。

全然、売れませんでしたが・・・。私、レコード、買いましたが・・・。


後に、ヒデロザは、これをカヴァーしましたが・・・

もう、ヒデロザの余力は残っていませんでした・・・。



都会派のデュオ。「ブレット&バター」のデビューも、

橋本、筒美コンビです。

タイトルが「傷だらけの軽井沢」です。

あの軽井沢を、“傷だらけ”というタイトルしてしまう英断。

いい曲でしたが、売れませんでした。


♪ここは天国 軽井沢・・♪と持ち上げながら、

中盤、♪夏が過ぎれば 傷跡だらけ 香りの抜けた 香水みたい・・・♪

最後には、

♪一年たてば 軽井沢 素敵な恋も 枯葉のように傷だらけ♪と、

落としました。

勇気ある歌です。当時、大人気のおしゃれなあの軽井沢を、

夏のアバンチュール(死後?)を揶揄するような冷めた詞です。


いいじゃないですか・・・。

私し、高校時代に聞いて、ピンと来ず、今更です。


今度は、正統に、「愛すべき僕たち」を出します。

どうですか?「愛すべき僕たち」。

当時としては、いいタイトルじゃないですか!


♪お似合いの 恋人たちと 呼ばれた~い・・・・・・    
(中略)
それは それは 愛すべき それは それは 愛すべき

この世の 小さな 出来事だけど・・・♪


いやはやの、橋本ワールドです。またも、全然、売れません。

でも、名曲中の名曲なのです。必聴です。

この曲、後に、ビリーバンバンがカブァーしましたが、

案の定、サッパリでした。(何でかな~・・・)



ここで、橋本淳の浮いた話もあります。

小林麻美のデビュー曲に携わり、「初恋のメロディ」、「落葉のメロディ」と

続きました。期待に反して、売れず、

小林麻美とのスキャンダルだけが、先走りました。



まあ、ここまで彼も、順調でしたが・・・

作詞家。阿久悠の台頭は、驚異でした。


阿久の「懺悔の値打もない」は、他の作詞家、

また音楽界を驚愕させました。


詞が、ドラマなのです。

他に、なかにし礼も、「石狩挽歌」、阿久も「舟唄」と


歌詞に、人間の“情念“が書き込まれてきたのです。

あることを、やさしく書き込む橋本ワールドは、現実感に乏しく、

まさに、世は、冷えた世相と共に、斬りこむ歌詞を求めてきたのです。


橋本淳も、これに応え、内藤やす子の「弟よ」のヒットも

生まれましたが、いかんせん、

怒涛の阿久悠の迫力には太刀打ちできませんでした。


また、三善英ニの「雨」、平浩二の「バス・ストップ」、

クールファイブの「そして神戸」、奥村チヨの「終着駅」等で

新旋風を巻き起こした千家和也も、あなどれません。


決定打は、

大滝頴一、細野晴臣などがいた、はっぴーえんどでドラムを叩いていた

松本隆が、歌謡界の作詞にもチャレンジしてきたのです。


最初の太田裕美の「雨だれ」は、まだまだ、子供ぽい感じなのですが、

転機は、「木綿のハンカチーフ」です。

この歌詞は、外国の歌詞のパクリ騒動もありながらの、

とても新鮮で、風のような現代詩が抽象氏詩、どんどん増えてきました。

そうです。“詞”ではなく、“詩”なのです。


後に、バンチキ、ミスチル、槙原、スガシカオ、一青拗等に

影響を及ぼしましたが・・・



なかにし、阿久、山上ときて、

千家、松本隆、来生えつ子等の活躍に、

もう、橋本淳に出番はなくなりました。


歌謡曲は、甘い歌詞に、人々が共鳴しなくなってきました。

児童文学者の父を持つ、橋本独特の“やさしい言葉”は、

物足りなくなってきました。


購買層は、

歌に、リアルを求めてきたのです。

依頼がどんどん需要がなくなりました・・・。


それでも、平尾正章と畑中葉子の師弟コンビでの

「カナダからの手紙」は、大ヒットしました。

♪ラブレターフローム カナダ・・・♪

これぞ、まだまだ、やるなの橋本ワールド!


小泉今日子が、「渚のハイカラ人形」前のブレイク前に、

「半分少女」を提供しました。

半分少女ですよ、(いいタイトルじゃないですか!)

でも、売れませんでした。



かなりの時間を経て、

もう、橋本の出番はないのかなと・・・案じていましたが・・・


たのきんトリオの田原、マッチの後、野村は満を持して、

グループデビューは果たします。

「The・Good By」です。

タイトルは、「気まぐれワンウェイボーイ」です。


そう、グループサウンズの匂いです。

ジャニーズはあえて、橋本淳に、GSを求めたのです。


しかし、売れませんでした。

だんだんと橋本は、作詞家界からフェードアウトしていきます・・・。


やがて、

音楽からではなく、新たな世界。


競馬好きがこうじ、競馬界にもコネがあり、

1990年、JRA系列の競馬場内のミニFM局の利権問題にかかわり、

問題発覚。


その後、表舞台から遠ざかっていきました。


かなりの年数を経て、

2008年に、グループサウンズのオックスをオマージュした

「GSワンダーランド」の主題歌のオファーです。


それも、橋本、筒美のゴーデンコンビの復活です。

最初のタイトルは、「パシフィック・ホテル」でしたが、

実在するので、「海岸線のホテル」と変えました。

挿入歌にも、栗山千秋が歌う「ダイヤモンド・ナイト」も

あのサイケ時代の雰囲気を醸し出しました。


主題歌は、残念ながら、GS風味でありましたが、

いい曲では、ありませんでした。


けれど、橋本ワールドは健在です。


もう一度、もう一度、


橋本淳、筒美京平のコンビで、

あの世界、誰にも追従を許さぬ世界を

新曲で披露してください。



御両人、御年70才台ですが、

現在も、カラオケの印税が凄まじいとは存じますが・・・

余生と言わず、

あえて、あえて、作品をお作り下さい。


音楽界に、再度、チャレンジ、お願いいたします。


ここまで書いて、書き記さなかった事があります。


何故?橋本淳を好きになったのか?

わからないというのが本音です。

中学生から始まったのですから、

おかしな中学生と言わざるえません。


いま、言えるのは、

確信的な戦略、緻密さ、プロヂューサー力、

そこに魅了されたのか、

いや、GS時代のタイトルのつけ方のロマンチックさ、

歌詞の甘さ、やさしさ、

それは、好きなものに、理屈も、

答えもないということでしょうか・・・。


私は、橋本淳という、作詞家に刺激されただけでも

素敵な人生です。


ありがとうございます。

橋本淳、バンザ~イ!バンザ~イです!

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【 2013/07/13 (Sat) 】 作詞家列伝 | TB(0) | CM(0)
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