至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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アイドル列伝:桜田淳子




桜田淳子。


「天使も夢みる」でデビュー。


だが、所属事務所のサンミュージックの後押しにも


もうひとつだった。


ベレイボー帽がトレードマーク。


次に出した、


♪クック クック~ クッククック~ 青い鳥・・・


「わたしの青い鳥」がヒット。


阿久悠作詞、中村泰士(佐川満男の「今は幸せかい」で、歌手から作曲家へ)の作曲で


その後も、連作するが、


大きなヒットにはつながらない。


やっと、「夏にご用心」、「気まぐれヴィーナス」、「はじめての出来事」で、


淳子色を強める。


♪はじめてのくちづけで おしゃべりはしないで、(淳子!) 泣き出して・・・


歌の合間のファンの”ジュンコ!”に反応する


素朴な可愛さだけで、なかなか大きくはなれなかった。



同期の山口百恵には、どんどん引き離されていく。



ただ、歌手としての転機は、


中島みゆきに提供された「しあわせ芝居」で


新境地を開く。


この歌で、女心の切なさを、しみじみ歌いあげ、


大人の淳子に変わっていくが、


まだまだ、可愛さだけが先行していく・・・。



そして、ドラマ、映画、舞台(細雪)と活躍の場を広げていく。


一皮むけないままに・・・



結婚をする。



統一教会の信者としての結婚で、


マスコミを連日にぎわかし、


霊感商法、広告塔などの問題も含めて、


やがて、芸能界から離れてゆく・・・。



今では、信者のままに


ダンナ、子供と、ひっそり暮らしている。




桜田淳子。


人さし指をホホに当て、”淳子です~。”の物マネになるように


素朴と可愛さだけが印象的だった。


その武器だけでは芸能界では羽ばたけない


アイドルの宿命的なアイドルでした。


でも、忘れられないアイドルのひとりです。



桜田淳子、山口百恵・・・


花の中三トリオとして、三人娘のトリは・・・・




森昌子です。



オーデション番組”スター誕生”としては、初代グランドチャンピオンで


鳴り物入りで、この子の売れいかんでは


”スタ誕”の命運の鍵を握っていると言って過言ではない。


力の入れ方でした。


デビューの「せんせい」は、もちろん、作詞は阿久悠です。


作曲は亡き、音楽界の作曲家の大御所、


遠藤実(千昌夫の「星影のワルツ」など・・・多数の大ヒットあり)が作曲しました。


♪せ・ん・せ・い せ・ん・せ・い それは~ せんせ~い~


前に手を振りの振付で


この歌は、またたくまに大ヒットを記録しました。


”スタ誕”は、番組名通り、スター誕生を産みだしました。


それからは、怒涛のごとく、アイダルラッシュももたらしました。



一番手の森昌子は


はっきり言って、顔は?ですが(失礼)、


歌唱力は絶大でした。


天然パーマのまるで、いがぐり頭でしたが、


その後はストレートパーマで矯正。


演歌の道を走って行きます。


そして、「哀しみ本線日本海」で、


大人の演歌を切々と歌い


森昌子の位置づけを明確にしていきます。



極めつけは、


「越冬つばめ」です。


この歌は、ご存じのように、意外にも


♪飛んで 飛んで 飛んで 飛んで・・・の「夢想花」でお馴染みの円ひろしが


作曲しました。


大ヒットではありませんでしたが、


森昌子の代表曲になりました。



その後は、大きなヒットに恵まれず


最近亡くなった大原麗子との離婚経験の森進一と結婚に至りました。


それにより、芸能界を引退しました。


男の子、子供三人に恵まれ、


主婦業に専念していましたが、


森進一の強引な勧めで、ステージに登るようになりました。


復帰ではなく、森進一のゲストサポート的な役割でしたが、


森夫婦ショー的に変貌していきました。


これは、森進一流のモウケ主義からきました。


「おふくろさん」騒動でもわかるように、得て勝手なのでしょうか・・・


余談ですが、森進一には、こんな逸話があります。


立ち上げた事務所に、当時、伍代夏子がいたのですが、


あまりのケチさに、手伝っていた森の実の妹と、伍代夏子が独立をしたという


不名誉な話が話があります。



この話からも森進一の姿が見えます。(誹謗では実話です。)



離婚は当然の結果でしょう。


疲れ果てた森昌子は、子供三人を連れて家を出ました。


食べるために、


昌子は復帰の道を選びます。


でも、長年のブランクは大きすぎました。


いくら、ステージで歌っていたといっても、


一線ではなかったのです。


復帰作は、なかにし礼作詞、浜圭介(奥村チヨのダンナ、「舟唄」など作曲)が手掛けた


「バラ色の未来」のレコーディングに望みましたが、


声が出ない!歌えない!葛藤の末、


なんとか、再デビューを果たしました。


が、


あまり、売れませんでした。


今は、ホリプロから独立し


個人事務所を立ち上げ、こんにちに至っています。




森昌子、桜田淳子、山口百恵。


三人三様の生き方ですが、


”賢い選択。”


チョイスは本人自身です。


山口百恵は人生においても


賢者の道を歩んでいます。

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【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)
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