至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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アイドル列伝:中森明菜




中森明菜です。


当時、松田聖子と人気を二分した明菜です。


”スター誕生”出身。


デビューは「スローモーション」。


作詞が来生えつこ、作曲、来生たかおの姉弟コンビでした。


アイドル的な曲ではなく、本格派での発進です。


歌はとても、いいのですが、


この曲にファンは応えられませんでした。


あまりにも、アーティストチックな曲だったからです。



(ここから早くも、余談:私は、デビュー間もない、明菜に取材をしてます。


ここで、オマエ何者や?といぶかしげられそうですが、


間近に明菜本人とマネージャー、こちらは、私と、カメラマンでの


インタビューです。


まだ、16歳の明菜です・・・。まだ、売れてはいないのです。


けなげな年ごろですが・・・


もう、


ここから、明菜の本領発揮です。


こちらの質問に、ほとんど、答えない。


見かねたマネージャーが合いの手を入れる状況でした。


まるで、明菜は無視するかのような・・・


こちらも、ご機嫌を損ねるようなことはしてないのですが、


本人は至って、冷めて仏頂面です。


「え~っ、この子、どんな子です?」状態です。


私も、早々と、インタビューを打ち切りました。


ただ、それでは、こちらもカッコがつきませんから、


取材用の紙に明菜直筆のコメントをいただきました。


”「スローモーション」でデビューした中森明菜です。・・・・今後もよろしく・・・”


と、5行ぐらいの短めのコメントでした。(今でも残っています。)




あの事は、、しっかりと、20年以上たっても、忘れられない事です。



本題に入りましょう。



明菜のスタートは残念ながら、売れませんでした。


2弾目は、アイドルとして軌道修正します。


ただ、ブリっこ歌ではなく、、不良少女なイメージで。


その歌が、


「少女A」でした。


タイトルといい、歌い方といい、


衝撃を与えました。


作詞作曲は、チェッカーズ一連のヒット曲(涙のリクエスト、星屑のステージなど)を手がけた、


売野、芦沢コンビでした。


これは、大ヒットしました。


この勢いに乗って、次も不良路線かと思いきや、


な、なんと、


もう一度、来生コンビに戻し、


「セカンドラブ」という、


バラードに出てきたのです。


私は、あの時の事などを忘れ、


さっそく、レコードを買ってしまったというぐらいの


素晴らしい名曲だったのです。


これは、売れに売れました。


明菜をシンガーとして、見なされました。


♪恋も二度目なら 少しは上手に・・・・・切なさのスピードは高って・・・


ここから、明菜の勝てば官軍、明菜伝説の始まり、始まり・・・・


「1/2の神話」、「トワイライト」、「禁区」、「北ウィング」・・・


「サザンウィンドゥ」では、作曲が安全地帯の玉置浩二でした。


「十戒」、「ミ・アモーレ」と続き・・・


井上陽水書き下ろしの「飾りじゃないのよ涙は」もヒットしました。



映画にも出ました。


たのきんトリオのひとり、近藤真彦と共演しヒットした


「愛・旅立ち」です。


この共演をきっかけで、前から噂がありましたが、


なお、熱く、二人は付き合いを始めました。


後に・・・・


伝説の12月31日紅白にぶつける”明菜自殺未遂事件、近藤との関係話記者会見”は


当時、すごく、話題をさらいました。




「デザイヤー」で、レコード大賞に輝くという快挙を成し遂げます。


この歌もちろんのこと、衣装が着物をイメージした奇抜なデザインで


振付同様、明菜をピークにしました。


あの加藤登紀子に書き下ろしてもらった


「難破船」が再び、


明菜をもっと、輝きを持たせました。


この「難破船」は、明菜の「セカンドラブ」同様、代表曲のひとつでもあります。


まさに名曲です。




前記の自殺未遂記者会見以後、


それからが、境目だった気がします。


私生活の事もあったでしょう。


妹の明穂の事もありました。


年を重ねるごとに


精神的アンバランスさもあり、危うい行動、奇行ばかりが目立つようになりました。


不遜はデビューのままに、自殺騒動からの明菜は情緒不安定で、


声は、荒れて行きました・・・。


あまり、声が、のびなくなっていきました。


私生活も、もっと、荒れていきました・・・。



そして、レコード会社とのひと悶着以降、


芸能界からも干されるようになりました。



年月を経て・・・



でも、明菜も、40代になって、再び・・・


カバー曲のアルバム「歌姫」で、一躍注目されるようになりました。


「歌姫」はシリーズ化されました。



2月ほど前に、NHKの「SONGS」に2夜にわたって出ていました。


声は、もう、あの時の声は望めませんが、


明菜の独特のハスキーさは健在です。



中森明菜。


私はインタビューをした経緯もあってか、


複雑なものがありますが、


何か、


明菜の動向には、


今でも注目しています。



明菜は、


明菜です。


アイドルに収まらない、破天荒なアイドルでした。




*余談2:手元にある明菜の直筆コメントの字は、


かなり、斜め書きの癖のある字です。


生意気でしたが、あの頃の明菜のお顔は


とても、とても、可愛かったのを、覚えています。




月日の流れは早いです・・・。




*余談3:明菜の取材話ついでに、あの当時、三田寛子、芳本美代子(ミッチョン)も

取材しました。当時のアイドルは地方まで、よくキャンペーンに精力的な時代でもありました。



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【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(2)
素敵な記事です
初めまして、moco momoと申します。
私はyoutubeで中森明菜さんのカバーを歌わせて頂いております。
勝手ながら当時の明菜さんを知るいろはさんの記事を拝見し、
コメントを書かせて頂きました。
私は今でも歌姫は彼女ただ一人だと思っています。
デビューから33年、怒涛の快進撃を続けてきたものの
数々の試練が明菜さんを襲いました。
純粋さは脆く儚いものだという事を身をもって証明している気がします。
そうであるからこそ、明菜さんの魅力にはまり、
シンガーアクトレスと言われる彼女から目が離せません。
【 2015/08/06 】 編集
Re: 素敵な記事です
moco momo様

コメント、ありがとうございました。


明菜様の諸刃の剣のような生き方に


歌の魂が注ぎ込まれているのですネ。
【 2015/08/30 】 編集
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