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至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
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作詞家列伝:なかにし礼

橋本淳となかにし礼の要約した違いとは。


橋本淳は、トレンディ的発想詞。口あたりのワードを駆使し


万人受け、マーケティング的に大衆を捉えた。



なかにし礼は、今や作家でもある。当時から文学的な作詞が目立った。


また、女の性を切り取ったものも多い。


奥村チヨの「恋の奴隷」。♪あなた好みのあなた好みの・・・女になりた~い♪


衝撃的で、当時の作詞界に一石を投じた。当時は当たり障りのない女の悲しみの歌は


多かったが、この詞は大胆で、攻撃的な詞でもあった。


あなたた好みの・・・のフレーズが大多数の女性に反感を買ったのはいうまでもない。


奥村チヨには、他に「中途半端はやめて」とうのもあり、なかにし礼もなかなかのものである。


のちに、なかにし礼は、作詞作曲も手がけて大ヒットした「時には娼婦のように」がある。


これもセンセーショナルであった。基本に「恋の奴隷」は息づいている。


弘田三枝子の「人形の家」。タイトルといい、文学がただよう。


北原ミレイの「石狩挽歌」もなかにし礼。


そう、北原ミレイといえば、あの世紀に残る詞、「懺悔の値打ちもない」があった。


その作詞家こそ、阿久悠。


歴代の作詞家の中で、名をはせ、トップを走り続けた男だ。


つづく。
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【 2009/11/26 (Thu) 】 作詞家列伝 | TB(0) | CM(1)
本当の意味での 真の天才作詞家とは?
拝啓 このサイト様の素晴らしさと奥の深さに感謝いたします。
日本の作詞家として、まずあげられるのは「なかにし礼、阿久悠、山上路夫」の3人があげられますが、私見として誰が日本一の真の天才か?と聞かれれば間違いなく自分は「なかにし礼」と答えます。人によれば阿久悠をあげる人の方が多いでしょうが、其処が素人の浅はかさ?とでも言いましょうか(失礼を) 確かに阿久悠さんは歴史に残るヒットメーカーでした。しかし自分の中では「何か人間を徹底的に打ちのめす様なもの凄いインパクトを持つ詩」ってぇのは書けなかったと。最近自分は、もしかして阿久悠さんは「男色?ではなかったかな?」とふと思ってしまうのですが、、、皆様のご意見を聞きたいですね。 しかし「なかにし礼氏」の作品は、実はたったの3曲聴けば、もう後は聴く必要も無いと言う程に凄い詩「君は心の妻だから 時には娼婦のように 石狩挽歌」 この3曲の詩こそ、絶対に阿久悠では書けなかった詩なのです。何と言うか以前感じた「女性作詞家=例えば山口洋子さん」等の詩に見られる「全身ベターーーっとした粘液質の様な、何と言うかなぁ、女の情念丸出しっ」の様な詩は、ある意味阿久悠さんの書く「女性歌手の詩に共通」している様な感じがいたします。しかし「なかにし礼氏の詩には、そういった粘液質の様な湿った情念の様なものは見られない」と。此処が他者とは全然違う所ですね。此処に「ヒットメーカーとしての記録に残る詩、なのか? あるいは記憶に残る詩」なのか? の決定的な差があるように思えます。自分にとってなかにし礼氏こそ、本当の意味での真の天才といえるでしょう。例えば?「銀座のホステス連中が聴いて、皆が一斉に号泣したっ」と言われる曲=君は心の妻だから 等はその典型的な一例でしょうね。 皆様のご意見をぜひ頂戴したいです。 敬具 
【 2017/09/26 】 編集
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