至近距離の幸せ

手つかずのままの文章に、”しあわせ”と書き込んだ・・・。 少し、少しだけ、ココロが半歩、歩いた気がした。
0512345678910111213141516171819202122232425262728293007

アイドル列伝:たのきんトリオ




田原俊彦の、”た”、野村義男の、”の”、近藤真彦の近を、”きん”と呼び、


たのきんトリオ。


金八先生によるブレイクのきざし。ジャニーズ事務所が仕掛けた。


まず、田原俊彦が「哀愁デイト」でデビュー。


いきなりの大ヒットで、


”トシちゃん”ブームが来る。


母の手ひとつで育てられた田原はたくましい快進撃が続く。


「ハッとしてGood」、「恋は=DO」、「君に薔薇薔薇いい感じ」ときて、


ジャニーズ、お馴染、先駆者の郷ひろみの「お嫁サンバ」、


シブがき隊の「スシ、食いねぇ!」を訪仏させるノリ路線で、


「NINZIN娘」が飛び出す。


♪一本でニンジンニンジン・・・


調子に乗って売れました。


だが、近藤真彦が現われてから(後に書きます)、


レコードもさほど、売れなくなりました。


トシちゃんのアイドル性だけが先走り、歌は評価されず


物マネの対象になって、バカにしたような物真似だけが、


芸能界の位置づけでした。



それを解消しかけたのが、


フジテレビドラマの「教師びんびん物語」でした。


共演の野村宏信とのコンビかけあいが話題にもなりました。


新たな世界を作りだしました。


主題歌、「抱きしめてTONAIGHT」もヒットました。


シリーズ化もされましたが、


しかし、それも、長続きはせず、


ゆるやかに人気は落ちて行きます。


そして、


ジャニーズ事務所を辞めました。


結婚しました。



長女誕生の記者会見で、「俺はビッグ発言!」が飛び出し、


マスコミ、ファンなどを敵に回してしまったのです。


ジャニーズ事務所の後ろ盾を失った田原には


挽回する機会は、もう、なかったのです。



だんだんと、芸能から影は薄くなっていきます。


田原俊彦の髪同様に・・・。



今では、テレビでは、お目にかかれませんが、現役バリバリで、


ライブ、コンサートに歌い踊っています。



田原俊彦。


トシちゃん。


男性アイドルの典型だった。


今もか・・・。




それとは、対照的に


”マッチで~す!”の


近藤真彦です。片岡鶴太朗ではありません。念のため。


デビューは、「スニーカーぶる~す」。


作詞に松本隆、作曲は、筒美京平と、満を持しての布陣です。


♪ペアで揃えてスニーカー、春夏秋と駈け抜け 離れ離れの冬が来る・・・


うまい詞です。


いきなり、大ヒットしました。


次の「ヨコハマチーク」はイマイチでしたが、


3弾目の「ブルージンズメモリー」で早々に映画化されました。


たのきんトリオとしての


東宝のドル箱の映画シリーズが続きました。


歌も、「ギンギラギンにさりげなく」では篠ひろこのダンナの作詞で


これも、ギンギラの派手な衣装とバンダナが光っていました。


そして、映画にもなった「ハイティーン・ブギ」では、武田久美子の共演が話題になりました。


この作曲は山下達郎です。

(後にkinkikidsの「硝子の少年」も山下達郎。ジャニーズとはこれがきっかけだったんです。)


噂にもなった、中森明菜との共演、「愛・旅立ち」があります。


明菜が自殺未遂事件を引き起こした、近藤の沈黙は続きました。



これを契機に渋め路線に変更です。


本格的に歌の賞レースに望みました。


「愚か者」では、賞を総なめし、レコード大賞に輝きました。



その頃から、車好きが高じて、たびたび、日産の後押しもあって


よくレースにも出ていました。


あまり、成果は出ませんでしたが・・・。


だんだんとレースにのめりこめりながらも、


「ミッドナイトシャッフル」で、紅白に返り咲きました。


野村のヨッちゃんがギターで応援バックバンドを。



その後は、あまり目立つ事もなく、


ジャニーズの大先輩という位置づけで大きな顔をしてます。




それが顕著だったのは、


後輩の前は当たり前のごとく、


最近では、F1で解説をやったりしました。


ある場所では、片山右京、佐藤琢磨の3人で臆せずしゃべっていました。


あきれかえれぐらいの態度です。


まるで同じ土俵にいたとばかりに・・・




ジャニーズがバックというのは大きいです。


田原俊彦は辞めて、あのように・・・


そして、近藤は・・・。


どこへ向かっていくのでしょうか・・・・?



終わりといきたいですが、


野村義男が、


「俺は?俺は?」とせきたてられるようで・・・


あのヨッちゃんが、目立たないヨッちゃんが。


3番目にデビューを果たしましたが、


バンドとしてです。賢明な案です。


Goodbyとして、「気まぐれONEWEWBOY」です。


曽我もいましたネ。


さほど、売れませんでした。


ヨッちゃんだから、いいでしょう。


レコードも何枚も出しましが、ブレイクもせず


たのきんトリオとして、がんばっていました。


ちょっと、色もの的みたいに。




年を経て・・・



突然、現れたのは


あの浜崎あゆみのバックバンドとしてでした。


当時から、ギターには凝っていましたから


実力は、どうせ?でしたが、ノリノリで、


浜崎の横で、ギターを弾きなぐっていました。


ヨッちゃんは生きていたのです。


彼らしく・・・。




そして、結婚も彼らしく・・・


相手に選んだのは、元AV女優でした。かなりインテリな女性でした。有名でした。


今では、凄く仲良くやっているそうです。



野村義男は田原俊彦、近藤真彦を横目に見ながら、


アイドルにはなれないジレンマもあったでしょうが・・・・


これも生き方のひとつとして参考になります。


野村万歳、いや、野村義男、バンザ~イ!です。




たのきんトリオ。


一時代を駆け抜けた、ジャニーズの指針にもなったアイドルでした。


その後の少年隊も、光ゲンジも、男組も、忍者(?笑)も、みんな、


たのきんトリオなしには語れません。




スポンサーサイト
【 2009/11/27 (Fri) 】 アイドル列伝 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL